48. 市街上空

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   48. 市街上空

 前席から突き出た刃が触れそうになり、吉田はつい文句を口にする。 「薙刀を抜き身で持つなよ。危ねえなあ」 「何を言うか。領域内では、いつ詠月が現れてもおかしくないだろう」 「ヘリの中でもか?」  高速で移動する乗り物内であっても、自分の影が及ぶのなら詠月は実体を送り込めるだろう。  しかし、その可能性は低いとロクは読んだ。  自分があちこち出て回れるなら、手下をこんなにも用意する必要が無い。詠月自身が狩って回ればいいのだから。  力を無駄使いしたくない詠月は、御所でも後から登場した。  ヘリは移動時間が少なくて済む分、徒歩より安全だと判断されたのだが。  連絡がついた四十二人の影縫いが府警へ集結し、六人ずつ七機のヘリに分乗する。  時間差は生じたものの、大凡(おおよそ)十分以内に全機が離陸し、長岡京の南部に在る長岡公園を目指した。  数を束ねて詠月を縫う、非常にシンプルな迎撃プランである。  吉田は最後発のヘリに乗り、他の機や阿東との連絡係を務めた。  同乗するのは鷹峯と八坂、それに上七軒ら手傷を負った三人だ。  弱った影縫いを病院に残すのは危なっかしく、仲間と一緒にいた方がよいだろうと連れて来た。  御所に近い京都府警本部から、桂川を越えて向日市へ。  ヘリは真南から始まって、やや西へカーブを描くルートを行く。  鬼門に沿って飛ぶのを避けたためで、おそらくその線上にいる詠月を迂回する意図があった。  外を見ようと、鷹峯は窓へ首を傾ける。 「下がJR、その向こうの線路が阪急か」 「烏丸は貸し切り電車で休憩中だろうな。何か見えるか?」 「街明かりくらいしか。京都市内より影は濃い」  吉田も鷹峯に倣って下を眺めようとした時、彼の端末が鳴動した。  切迫した錦の声が、ヘリに止まるよう命じる。 『小畑川に敵が待ち伏せしてる。そこで動かないで!』 「待てって言われても、空の上だぞ」 『夷川さんが見に行ったから、また連絡する』  通話が切れた端末を、吉田は眉を曇らせて見つめた。  指示に従い各機へ上空待機を伝えた彼は、端末画面を切り替えて小畑川の位置を確かめる。 「もう目の前じゃん。突っ切れそうなもんだけどなあ」 「烏丸が言うなら、何かあるんでしょ。ここで降りてもいいんじゃなくて?」  八坂の意見を、吉田も選択肢の一つとして考えた。  前席に身を乗り出した彼は、パイロットへ騒音に負けない大声で尋ねる。 「着陸は国道でもいいのか?」 「無茶を言わんでほしい。公園かグラウンド辺りにしてくれ」  端末に表示された地図を(いじく)り、吉田は適当な降下地点を探した。  小畑川近くに中学校のグラウンドが在り、そこなら二機ずつ着陸可能だとパイロットも受け合う。  グラウンド上空まで移動し、偵察結果を聞いて突入か着陸かを決める――そう方針を定め、吉田は目的地の変更を通知した。  機列の乱れていたヘリが、また縦に並んで南西へ飛ぶ。  前方に現れたグラウンドは、小中学校の二面が並んで在った。  予想より広く、これなら四機同時に離着陸出来そうだ。  降下場所を各機に割り振り、一度横列へ転換しようとした時、先頭のヘリが火を噴く。  後部ローターが爆発し、機体を回転させながらヘリは街へと降下した。 「詠月か!?」 「ミサイルだ!」 「はあ? そんなもんまで持ってやがんのかよ!」  吉田よりも、パイロットたちの方が冷静だ。  指示を待たずに、各々のヘリは回避行動へ移る。  グラウンドの真上にいた三番機は着陸態勢へ、他は機種を反転させて後退を選んだ。  六番機のボディが爆発し、斜めに傾いだまま墜落して行く。  視界が目まぐるしく動く中、吉田は小畑川の方角から伸びる白煙を見た。  川へ近づき過ぎた代償に、二番機も爆音を上げて被弾する。  十分に距離を空けたつもりでも、彼らがいる場所はとっくに携行地対空ミサイル(スティンガー)の射程範囲だった。  二番機に乗っていた影縫いたちは、墜落途中で機外へ飛び出したようだ。  いくら影縫いでも、全員が影で体重を消せたりしない。  人としての身体を残した者ほど、重傷を負うのは目に見えていた。 「道へ着陸しろ! 無理でもやるんだよ!」 「わ、分かった!」  スティンガーの有効射程は五キロ近くもあり、一度赤外線センサーで捉えられてしまうと、飛んで逃げるのはほぼ不可能に近い。  軍用ヘリならセンサーを撹乱するフレアを放出するのだろうが、警察や消防のヘリにそんな装備は無い。  強引に降りろという吉田の命令は正しい。  だが、道幅が狭く、電線も網の目に走る古い町並みでは、車道に着陸するのが困難だ。  機転を利かせたパイロットは、少し横へ移動してスーパーの駐車場へ機を向けた。  民間へ墜落した二番機が爆炎を上げる。  鷹峯はヘリのドアを開け放ち、ミサイルの出所を睨んだ。 「薙の外法眼」 「何だって?」 「成功したことは無いんだが……」  ぶつぶつ言い出した鷹峯に、吉田の不安が倍増する。  降下を始めた彼らの機へも、白煙の筋が迫った。 「伏せろ、八坂」 「なあに?」 「行け!」  鷹峯の隣で、八坂は頭をすぼめる。  右手を思い切り後ろへ引いた彼は、投げ槍よろしく握る薙刀を外へ撃ち出した。  下方へ楕円軌道を描いた薙刀は、跳ね上がってくるミサイルと交差する。  至近距離で爆風を浴び、ヘリは木の葉の如く左右に振られた。  ヘリの直下を(くぐ)った薙刀は、楕円を一周して機体の側面へ刺さる。  中へ突き出た刃を見て、上七軒がヒィッと悲鳴を上げた。 「うむ」 「うむじゃねえ! 殺す気か!」 「何を言う、初の成功を喜べ」  どう見てもロクの黒眼系統の技とは異なるが、手元に戻って来たことに鷹峯は満足そうだ。  最大のピンチを救ったのは事実であり、八坂は嬌声を以って誉めそやす。  ヘリは無事に駐車場へ着陸し、飛び出た吉田が端末へがなり立てた。  負傷者は八坂の指揮で後方へ、動ける者は府道二○八の交差点へ。  小畑川に渡された橋を臨む地点に、戦力を集結する。  通話が途切れたところで、阿東からの交信が入った。 『宇治に在る陸自の駐屯地から、大量の人間が消えたらしい。気をつけてくれ』 「(おせ)えよ! 何人いなくなったんだ?」 『三百人以上だ。ヘリや装甲車は無事だったが、銃器類を持ち出してる』  クーデターの恐れ有り、として、警察には総動員の指令が下ったらしい。  弱い影落ちなら彼らでも対処出来ようが、それを当てにしてよい局面ではなかろう。  吉田はロクを待たずに、突貫することを考え始めていた。
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