51. 突撃

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   51. 突撃

 橋への砲弾は途絶え、皆が渡り切るまで銃撃も止む。  (ひとえ)に鷹峯と夷川が、東西からの増援を引き受けたからである。  戦闘に参加可能な三十四名から、吉田は十人二組を選り分け、鷹峯らの援護に回した。  残り十四人にロクと錦を加えた一団が、府道の南下を図る。  小畑川にいた者共が数頼みの雑兵なら、府道に現れたのは縫い具を持ったエリート部隊といったところだ。  一撃離脱を繰り返す彼らに、最も活躍したのは錦の弓だった。  素早く動き回る敵を影矢が縫い、足を鈍らせる。そこを他の影縫いが仕留めていった。  最初の百メートルは味方の被害も無く進んだが、そこで状況が一変する。  通りの奥に黒いカーテンが下ろされた。視界を遮る墨の塊――黒界(こっかい)は、詠月以外に考えられない。  その漆黒を守る敵の列が、最後の防衛ラインだろう。  詠月まではもう百メートル、とうとうロクたちは目標を捉えた。  土嚢(どのう)を積んで防御陣地まで築く敵と、彼らは睨み合う。  小畑川辺りから、住民も車も全く見かけなくなった。  近隣の一般人はもう軽く影に落とされた、と考えるのが妥当か。それくらい周囲の影は濃い。  迫撃砲が放つ弾が、彼らへ向けて放物線を描く。 「散れ!」  ロクの号令で、皆は建物の陰へ回避する。  砲弾自体は錦が上手く処理し、空中で爆発した。  ここまで来る影縫いなら、砲弾を避けるなり透過するのは敵も知っているはず。  あくまで牽制目的、とことん時間を稼ごうという腹積もりであろう。  いや、一人怪しい影縫いがいたと、ロクは背後を振り向いた。  看板や電柱の裏を伝い、吉田がロクのいるビル陰へとやって来る。 「お前はこれ以上前に出るなよ」 「頼まれたって出ねえよ。あれが詠月だな?」 「影が満ちるのを待っているんだろう」 「烏丸一人で縫えるか?」  これにはロクも即答しかねた。  吉田の考えはこうだ。  敵の群れを一掃するのには時間が掛かる。無理やり突っ込んでも乱戦になるだけだが、ロクなら頭上を跳んで黒界の中へ入れよう。  皆で敵を片付け、ロクは詠月のみを目標とする。 「実際、俺たちじゃ歯が立たねえと思う。無理なら地道に行くしかないけど」 「詠月が静止しているのは、もう鬼門に来たからだ。日の光は嫌うだろうし、あまり時間は無いな」  午前四時四十分、日の出まであと少し。  吉田の提案を、ロクは採用することにした。 「あのバリケードから詠月まで距離がある。加速したい」 「どうやって?」 「なぜか円町がついて来てるだろ」 「あのジジイ、何もしないくせに前線希望なんだよ」  老獪な影縫いが、酔狂で野次馬をやっているとも思えない。  端末で呼び出された円町は迫撃砲の爆風をかい潜り、飄々と歩いて来た。  水奈崩(みなだれ)を出せるかと尋ねられ、老人は愉快そうに破顔する。 「ありゃあ、自分の影を使わんからのう。ちょいちょいと宝珠を撫でりゃ出る」 「俺に当ててくれ」  ロクの突入に合わせ皆も接近戦に持ち込むことにし、吉田が連携を取れるよう伝えていく。  その間に、ロクは錦と一緒に敵陣を窺った。 「真ん中に銀林がいる。大太刀を持った野郎だ」 「あのゴツい男だね」 「あいつはお前が縫え。他の影縫いじゃ難しい」  倒し方を手早く教えられた彼女は、自信を持って頷く。彼が出来ると言うならやれる、と。  円町を伴って、ロクは道路の真ん中へと進み出た。  懐から掌大の宝珠を取り出して、円町はロクの背中側へ回る。 「夷川は甘いなどと言っとるがの。お前さんの甘さが、影縫いを今日まで長生きさせたんじゃと思うとる」 「俺は自分のために動いているだけだ」 「烏丸ロクにしてみれば、みんな自分の子供みたいなもんじゃろ?」 「寝言は家に帰ってから言え。始めるぞ」  ロクの体から大きな影炎が噴く。  老人の手が宝珠の上を三度撫で回すと、影は通りの先へ流れ出した。  水奈崩は、影を波として方向を与える技だ。自身が生む激流に乗って、ロクは地を駆った。  加速は十分、敵が縫い具を構えた時には、既に手が届きそうな距離まで接近する。  真正面に立つ銀林が、彼を斬ろうと上段に太刀を構えた瞬間、ロクは暁の明星へ向かって飛んだ。  三十メートルに及ぶ即席陣地の上を、黒いコートの鳥が行く。 「烏丸ぁっ!」  吠える銀林は、目で彼を追った。それは大半の敵たちも同じ。  警戒を怠った罰として、錦の矢が銀林の肩を射抜く。  円町の仕事はロクだけで終わらない。  己の技量を特班隊員へ叩き付けるべく、水奈崩で押し出された影縫いたちが陣地へ殺到した。
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