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夕方、定時まであと1時間くらいの時、ふと近藤さんに聞かれた。
「そう言えば、新居はどう?」
住む場所が変わる時、隠したいと思っても交通費精算とかの関係で結局会社の人には誰かしら知られる。
「部屋に不満はないですけど。でも住む人が増えてるんで、ちょっとストレスもありますかね……」
「へえ。誰?」
彼氏だとでも思われたんだろうか、明らかな興味を持って尋ねられる。
「弟が居候に来てるんです。親に頼まれて住まわせてるんですけど……なんで、会社では近藤さんの、家ではそいつのお世話をしてる感じですね」
「……いや、本当助かってるよ、いつも?」
慎重そうな表情と声色の返事があったから、面白半分に追い打ちをした。
「奥さんにもちゃんとそう言ってあげてください」
しばらくの沈黙のあと、また質問があった。
「……弟さんていくつ?」
「17歳です」
「あ、じゃあ大学に入ったとかじゃないんだ?」
「そうなんですよ。高校を中退してうちから通いながら……」
俳優の養成所って言うと夢見がちに聞こえて恥ずかしい気がした。
「専門の、訓練してるんですけど……何と言いますかね、楽しそうでいいなーって思って」
夢があって。
こうやって朝早く夜遅くと出勤を繰り返すのも、地味で評価されない作業を一日中して、終わったら家事をこなして、自分だけじゃなく他の人の面倒も見るなんてのと無縁で。
「あー、近藤さん、千晶ちゃん。急なんだけど、これ今日中にお願いしていいかな?」
突然、不穏な幹部社員の声がした。
湧き上がる苛立ちを必死にもみ消す。こんな時間に突然の仕事ってのも、もう何度目かな?
「……わかりました」
こんな仕事の理不尽に付き合う必要だってなくて。
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