3 嵐は突然に

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3 嵐は突然に

マンションに帰るまで、間宮は大変過保護になっていた。お腹の痛みはどうか、早く帰って休んだ方が良いのではないかと、歩いている間もずっと気を揉んでいる様子であった。今日はそんなに辛くないですから、と愛衣が言っても表情は晴れない。部屋に帰ってからは更に拍車が掛かり、夕食は自分が作るからソファーに座っていてテレビでも見ていてくれと懇願された。一緒に手伝うなんて言おうものなら反対されるのは目に見えていたので、愛衣は間宮の好意に甘える事にしたのだった。 「弦さんって今までの恋人みんなにこんな優しかったのかな…」 嬉しい反面何だか胸がモヤモヤして、愛衣は溜息を吐いた。 ソファーに座り込むと、少し痛みが出てきたように感じる。 クッションをお腹に抱いて、温めるようにぼんやりと音楽番組を眺めていた。キッチンからは野菜を煮込むような香りと、肉を炒めるような香りが漂ってくる。後ろから眺めていても、間宮はとても手際良く調理をしていた。愛衣のお腹はぐぅ、と音を鳴らして期待している。 「もう少しで出来るよ」 キッチンから顔出した間宮がクスクス笑っていて、聞かれていた事に愛衣は顔を赤らめた。丁度その時リビングにチャイムが響いたので、愛衣は恥ずかしさを誤魔化すように立ち上がった。間宮が玄関に出ようとしていたが、「私が出ます」と言ってパタパタと急ぐ。 のんびりしていたら間宮が駆けつけてしまいそうであった。ドアスコープも覗かず、愛衣は玄関の鍵に手を掛ける。 「あ、あら? ここって弦の部屋じゃなかったかしら?」 扉の先にいたのは、細身で背の高い綺麗な女性だった。困惑する女性と、見惚れている愛衣。時間が止まってしまったような空間をまた動かし始めたのは、キッチンから遅れてやってきた間宮であった。 「千夏(ちなつ)…?! 君、もしかして」 「あ、やっぱり弦の部屋よね。良かった。そうなのよー、今日海外から帰って来たんだけど、部屋が取れてなくて。何かイベントの関係なのかビジネスからカプセルまで近隣一杯。また泊めさせて欲しいなぁって」 にこにこと愛想の良い笑顔を浮かべながら、千夏と呼ばれた女性は愛衣の頭を飛び越えて間宮と会話をしていた。間宮は困ったように笑顔を浮かべながら、ゆるゆると首を横に振った。 「千夏、悪いけどそれは出来ないよ。…愛衣ちゃんが居るからね」 愛衣の肩に両手を置いた間宮が、嬉しそうな口調で断りを入れた。愛衣は訳が分からず、女性と背後の間宮を交互に眺めていた。千夏は一歩近寄ると愛衣の顔をまじまじと見つめる。 「愛衣ちゃん…弦、あなた妹はいなかったわよね? 親戚の子?」 「…親戚の子…」 愛衣は思いっきり殴られたような衝撃を受け、項垂れた。確かに目の前の千夏のようなスタイルの良さや大人っぽさはないが…二十代の半ばも過ぎているのにそんなにも子どもっぽく見えるのだろうか。落ち込んだ愛衣を慰めるように、後ろにいる間宮はポンポンと背中を撫でている。 「親戚の子って…君は相変わらずだね。私の恋人だよ。同棲しているから、君を泊める訳にいかないんだ」 「恋人…同棲?! もう誰かと寝るのはこりごりだって言ってた弦が?!」 信じられない!と言っている千夏を放って、間宮は愛衣を自分の方へと向かせると、屈んで目線を合わせた。 「千夏は前妻でね…海外を飛び回ってるから、たまにこうして宿を求めて来たんだけど…愛衣ちゃんなら誤解しないでくれると思うんだけど、結婚してる時から身体の関係は希薄だったから。別れてからは一度もないから、心配しないで欲しいんだ」 「弦さんの奥さんだった方…」 愛衣は千夏をジッと見つめた。自分とは全然違うタイプの女性だが、元々好みはこういった人なのだろうか。愛衣の熱視線に千夏も見つめ返す。 「可愛いわね…」 「え?」 「すっごく可愛いっ! 弦、良い子見つけたわね。っていうか私に頂戴?!」 「…五月蝿くてごめんね。出逢った時から女性の好みが似てたから、気が合ったんだけど…」 女性の好み? 愛衣が疑問符を浮かべていると、千夏は後ろからギュッと抱き締めてきた。腹部に回る手の動きが怪しい。すかさず間宮が愛衣を奪い返して、自分の背後に隠した。 「…千夏はバイセクシャルなんだ。女の子も、恋愛対象になるんだよ」 「そうなの。もう弦とは友人以上の気持ちはないから安心してね。…だから泊めて欲しいなぁ」 「愛衣ちゃんが襲われそうだから、ダメ」 二人のやり取りに愛衣が堪え切れず笑い出すと、間宮は「千夏がいると調子が狂うなぁ…」とぼやいた。 「あの…今日は宿もないみたいだし、遅くなってきましたし…千夏さんも泊まってもらった方がいいですよ」 「愛衣ちゃん…凄く良い子ね!」 感動したように目をキラキラとさせた千夏と、このままじゃ可哀想だという目で見ている愛衣。主に後者の瞳に負けた間宮は、深く溜息を吐いた。 「…千夏、お腹は減っているのかい」 「食べる時間なくて、昼も食べてないわ」 「…今から一人分増やすしかないか」 やった、と言ってキャリーバッグを部屋に運び入れる千夏を見送ると、愛衣は間宮の袖を引いた。振り返った間宮は愛衣の様子に笑っている。 「弦さん、私を気遣ってくれたのにごめんなさい。…でも私、千夏さんと話してみたくて」 「愛衣ちゃんならそう言う気がしてたから、いいよ。でも二人っきりにならないでね、それが一番心配なんだ」 本気で千夏が愛衣を襲うと思っているらしい間宮に愛衣は苦笑を浮かべると、二人で手を繋いでリビングまで戻る事にした。扉の向こうからは「愛衣ちゃんのセンス? 前と少し内装変わっててお洒落ー!」と賑やかな声が響いて来ていた。
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