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ガラスのテーブルに置かれたティーカップからは湯気が立ち昇っていた。永島は革のメモ帳を開いてから言った。 「手、ですか。」 袖にファーのついたコートを着用し、白い手の甲を摩りながら由紀子は言う。 「天井にシミが出来て、そこから手が伸びてきたんです。私の顔を撫でて…とても気味が悪くて。」 罫線に最低限の字を書き込んでいく。その内容を聞いて永島は息を飲んだ。小さく息を吐いてから考える。ペンを持つ手を止めて問うた。 「美智花ちゃんは今、どうしていますか。」 「特に何も…不自然な言葉とかも言いませんし。美智花、こっちいらっしゃい。」 隣の部屋から美智花がやってきた。ソファーの上に飛び乗って由紀子の隣に腰掛ける。彼女のつぶらな瞳を数秒間見て永島は確信した。もう美智花に霊は憑いていない。ゆっくりと視線を由紀子に移す。その疑念はさらに確信を生んだ。 今、霊は由紀子に憑いている。 「由紀子さん、何か他に不可解な現象はありますか。後は体調とか。」 彼女の目を見てさらなる疑念が生まれる。どうしてか彼女の目を見ても本能に近い危機感が過ぎらないのだ。中村諒太の目を見て心霊現象が起きた5年前を思い出す。カフェの電気が消え、コップが割れては永島に霊障を与えた。数秒間目を見ることで心霊現象が発生するというトリガーが無くなっているということだ。メモ帳にその事実を記入し、悟られないようにため息をつく。 「美智花、お部屋に戻っていいわよ。」 「はーい。」 ソファーから飛び降りて美智花は子供部屋に戻った。扉が閉まるのを確認してから、由紀子は身を乗り出して囁いた。 「これは、その。主人には内緒にしてほしいことなんですけど。もしかしたらこの心霊現象に何か関係があったらいけないと思って。」 改まった様子でそう言うと、深く息を吸って言葉と共に吐いた。 「美智花だけは、私たちの子じゃないんです。」 紙の上にペン先を走らせる。反射的に綴った内容に永島は驚愕した。 「えっと、どういうことでしょうか。」 「主人との子どもじゃないんです。以前勤めていたパイプ証券という会社の同僚との子どもで。その人が会社を辞める際に言っていたんです。俺はもうすぐ死ぬかもしれない。霊に殺されるんだ、って。今もその言葉が脳裏に焼き付いていて。」 罫線の上に書き慣れない字を刻む。不倫、永島は恐る恐る言った。 「そのお相手の名前は…?」 「佐々木康之、です。」
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