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その日は最初から秀夫もリビングにいた。休日ということもあってか水縹色のポロシャツにチノパンを履いて踏ん反り返るように腰掛けている。 2人は事情を説明した。由紀子に憑いている、そして美智花は秀夫の子供ではないという2つの点を除いて。秀夫は深いため息をついてから口を開いた。 「じゃあ、その夫婦の霊は俺たち家族を壊そうとしている。そう言いたいのかね。」 2人は頷いた。ガラスのテーブルに置かれたグラスを手にとって口元に運ぶ。冷えている麦茶が彼の喉を通過していくのが分かった。 「いいかい、我々には絆がある。家族という名の絆だ。それを霊如きが崩すなど不可能だ。」 遠藤は腕を組んだ。この家に本当に絆はあるのか、心の中でそう呟く。少しして永島が言った。 「あの、少しいいですか。」 「なんだね。」 ぐるりと首を回し、リビングに目を通す。やがてその視線は天井で止まった。 「もう1人、いますよね。この家には。」 リビングに静寂が張り詰める。一度音が鳴ったのは、秀夫が飲んだグラスに入った氷が傾く音だった。永島は天井から目を逸らすことなく続ける。 「霊を視る時にどうも反応があるんですよ。生きた人の反応が。2階に。」 永島がそう言うと、秀夫は深いため息をついた。由紀子も同じように息を吐く。最初に口を開いたのは由紀子だった。 「今はもう22歳になります。高校を中退してから引きこもったままの長男が、います。」 「ほとんど死んでいるようなものだ。構う必要はないよ、心霊屋さん。」 皮肉を込めて言ったつもりなのだろうが、永島はそれを無視して立ち上がった。遠藤と由紀子も後に続く。 「出てこないよ、俺たちも長らくあいつの顔見てないんだから。」 背後から秀夫の声がかかったものの、3人はリビングから出て玄関の前に聳える階段に向かった。少しだけカーブする板を踏みしめていく。ギィ、ギィ、ギィ、と板がしなる音がする。 2階の奥、廊下の右手に閉ざされた扉があった。由紀子はその前に立ってノックし、声をかける。 「慶ちゃん、お客様よ。」 世間体か、遠藤は聞こえないようにそう呟いた。 「少しでいいから話を聞かせてちょうだい。」 扉の向こうから一切の返事がない。痺れを切らして遠藤は扉を叩いて言った。 「遠藤相談屋から来た、遠藤泰介だ。俺たちはこの家の心霊現象について調べている。何か知っていることはないか。このままだとこの家庭は崩壊するかもしれない。」 扉から離れると、向こうから物音がした。布を擦る音が微かに続いてゆっくり、ゆっくりと扉が開く。隣で由紀子は口に両手を当てて驚いていた。 扉の隙間から顔を覗かせたのは、胸元まで伸びた黒髪の男性だった。一見彼が霊なのではないかと疑ってしまうほどに不気味な面持ち、それが似合うような風貌だ。 「君が、葛城慶?」 「はい…。」 都会の喧騒が聞こえれば最も簡単に負けてしまうであろうか細い声で慶は答える。遠藤は扉の縁に手をかけてこじ開けるようにして言った。 「何か無いか、些細なことでいい。」 その言葉に一切動じることなく、慶は再び扉を閉めた。慌てた様子で由紀子が口を挟む。 「ごめんなさいね、あの子学校でいじめられていたから…。」 気にしないでください、そう言おうとした時だった。今度は素早く扉が開いたかと思うと、慶は5冊のノートを手にして顔を覗かせた。声はか細いままだった。 「これ、心霊現象を書いた、やつです。どうぞ。」 遠藤と永島は手分けしてそれを受け取り、ページを捲った。そこには夥しい量の字が綴られており、そのどれもが心霊現象を事細かに記したものだった。怪奇現象だけを綴る日記。その執念にも似た内容に、永島は言った。 「こんなにも…すごいな。でもどうやって?」 「朝まで、起きていることが多いから。それで。」 少し間を空け、ゴクリと唾を飲んだ慶は続けた。 「美智花が生まれてから、この家はずっとおかしいよ。」
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