15

1/1

157人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ

15

家族がいる前でリビングに降りるのは5年ぶりだと慶は言った。秀夫は慶の風貌を見て目を丸くしていたが、すぐに元の佇まいに戻った。慶は目線を下に向けて言う。 「歌声が聞こえるんだ。皆で幸せを離してみよう、雪が落ちて花が咲くよ、って。歌の意味は分からないけど、そう聞こえる。」 それは中村諒太が間違って覚えたとある歌だった。 「子どもの声、女性の声、男性の声。数で言ったら5人だと思います。あとは子どもが走るような足音、それと、妙な言葉。」 「妙な言葉?」 遠藤がそう聞き返すと、慶は水色のノートを手にとってペラペラと捲り始めた。あるページで手が止まる。ノートが翻ってそこに見えたのは、不自然な平仮名だった。 「いちどすて、あいもと、しものよ、てをさ、のべよ。さい、く、やま、それ、すべての、たまへ。これは?」 「きっと、何かの文章だと思うんですけど、掠れていて、聞こえなくて。」 それでも十分すぎるほどの情報だった。慶は意外にも口数が多かった。それほど人と会話していなかったということなのだろうか。 「最初は、イヤホンをしている時だけ、さっきの歌が微かに聞こえたんです。不思議に思って廊下に、出ると、1階から足音がして。降りてみたけど誰もいなかったので、部屋に戻ろうと、思ったら、目の前に蒼白い足が10本あったんです。」 3年前、ノートが心霊現象を書き記し始めた最初のページにもそう書かれていた。 「もし何かあった時に、必要になればと、思って。」 そう言って慶は再び俯いた。しかし永島は繰り返しノートを捲っては頷いている。それほど彼がまとめた3年間の心霊現象は貴重な情報源ということだった。 礼を言って家を出る際、見送りに来た由紀子と慶を見て遠藤は言った。ジャケットの内ポケットから名刺を抜く。 「慶。これ、俺の電話番号。もし何かあったらすぐに連絡しろよ。」 小さな紙を受け取ると長い髪の下、慶の表情が少しだけ明るくなるのが見えた。それは気のせいかもしれなかったが、遠藤と永島は妙に嬉しかった。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

157人が本棚に入れています
本棚に追加