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佐々木康之の遺体は自殺として処理された。警察に事情を話したことはとてつもなく苦労したものの、1週間足らずで2人は解放された。というのも、2人は呆気にとられてしまっていたのだ。 永島の技術が一切通じない。その事実だけが2人を苦しめていた。 「どうするか、これから。」 事務所のソファーに腰掛け、遠藤はタバコを燻らせた。テーブルや椅子は元に戻っている。床、壁や天井を埋め尽くしていた呪符は無くなっていた。永島は深いため息をついてから答える。 「さっき慶に連絡したんだ。そうしたら、佐々木に異変が起きた2月14日の19時ちょうど。由紀子さんは突然気を失ったらしい。目を覚ましたのは19時42分。佐々木が死んだ瞬だ。これは憶測だけど、由紀子さんの体を宿にしているんだと思う。2月14日になると宿主の体から出て恨んでいる相手の元へ行く。ここまで霊力が強いケースはありえない。」 ため息は続いていた。窓から差し込む眩い日の光が事務所内を淡く照らしている。割れた電灯はまだ買い換えていない。長い紫煙を吐くと遠藤は言った。 「暗いと見辛くて、明るいと見易い。霊も生きている人間も変わらないのかもな。」 煙が差し込む光に浮かんでいる。もしかしたら今自分が吐いた煙も誰かの怨霊なのかもしれない。ぼんやりと考えているとテーブルの隅に置かれた携帯が震え始めた。画面には磯辺写真館という文字が並んでいる。タバコを咥えて携帯を手に取った。 「もしもし。」 「磯辺です。遠藤さん、新田さんと風見さんでしたよねぇ。ありましたよ。顧客名簿に名前が。」 思わず立ち上がってしまった。遠藤の反応を見ていない磯辺は淡々と続ける。 「18年前ですねぇ、結婚したばかりだっていうんでいい写真撮ろうと思ったんだけど、何故かあの2人、笑わなかったんですよ。一切笑顔がないもんですから、いい写真は撮れなかったんですよ。忘れ物までしていく始末ですから。」 忘れ物、という言葉に引っ掛かった。フィルターを噛んでから吸い込む。喉が少しだけ狭まる感覚があった。 「忘れ物、ですか。」 「ええ。どういうわけか結婚指輪を忘れていったんですよ。ほら、遠藤さんがこの間見つけた、あの指輪です。」 一体どういうことだろうか。確か磯辺寿男からの依頼は亡くなった妻から贈られたネックレスを見つけて欲しいという内容だった。指輪は無かったはずだ。そう心の中で断言した後に遠藤は思い出した。大量の物が置かれた2階でネックレスを探している際に見つけたピンクゴールドの指輪。刻印はM&Rだった。 携帯の通話口に手を当てて永島の方を見た。 「新田夫婦の結婚指輪が見つかったそうだ。」 その言葉を聞いて永島は目を丸くした。彼と長い間仕事をしていれば何となく分かる。おそらくこの結婚指輪には新田夫婦の念が篭っているはずだ。 「磯辺さん、この後すぐに回収しに行っても構いませんか。」 「ええ、構いませんよ。夕方には閉めますけど、正面の扉は鍵開けておきますね。」 お願いしますと伝えて電話を切る。少しばかりの沈黙が訪れ、日の光を背に浴びた永島が言った。 「物、だな。霊は物があればそこに霊障を与えることができる。結婚指輪を手に入れればまだ形勢逆転できるかもしれない。」 これまで様々な心霊現象を扱ってきて、永島が除霊に失敗してしまったケースは2度しかなかった。5年前の中村一家、そして、15年前のとある一件。 だからこそまだ2人は安易に考えていた。武器を入手すれば敵を倒すことができる、そんな簡単なものではないと、最悪と共に知ることになるのだった。
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