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一度事務所に戻り、荷物を葛城家に運び入れた。5年前に購入した中古のハイエースを運転してまるで引っ越しかのように除霊道具を2階に詰め込んでいく。葛城家は改めて広い家だと実感していた。2階には夫婦と美智花の寝室、慶の寝室以外に書斎や風呂にトイレ。さらには来客用の部屋が6つある。客間に荷物を運び入れ、夫婦と美智花の寝室も移動させた。 そして永島はあくまで日常にこだわった。客間にこもって2人はコンビニの弁当を食べ、葛城家4人は1階のリビングで。本格的に準備を始めたのは夜9時過ぎからだった。 「君たち、準備はこれからなのか。」 上下黒いスウェット姿で秀夫は言う。客間の扉から顔を覗かせ、準備している2人を見て怪訝そうな表情を浮かべていた。どうやらまだ自分たちを信じていないというわけではなく、ただ単に除霊道具を見たことがないのだろう。小さい木の板を手に取って遠藤は言う。 「これからっすよ。もう美智花ちゃんは寝ましたか。」 「ああ。1階には降りない方がいいんだよな。」 永島が頷くと納得した様子で秀夫は仮の寝室に向かった。本当の意味で家族を守れ。永島の言葉が強く刺さったのか、秀夫は何も口を出さないようになった。 三脚付きのサーマルカメラを10台、2階と1階の廊下、リビングに設置。そのカメラを俯瞰的に撮影するための小型カメラ、そして動物を捕らえるかのような鳴子に糸を張って家中に張りめぐらせる。さらに周辺の温度や湿度を計測するウェザーステーションをリビングの中央に設置した。不穏な影があればサーマルカメラが撮影し、霊が歩けば鳴子がカタカタと音を立て、遠藤がウェザーステーションのリモコンを手に気温の変化を確認する。そして葛城家周辺に撒いた塩水が他の霊を寄せ付けない仕組みになっていた。 全ての準備が完了した時、2人が篭る客間の扉が開かれた。隙間から慶が顔を覗かせている。彼は夜の静けさでないと聞き取れないほどか細い声で言った。 「僕も、ここに、いていいですか。」 頼りない、彼を見た時に抱く第一印象はそんなところだろう。しかし彼が自室にこもって他を拒絶する3年間、毎日心霊現象を綴って残していたことを、遠藤たちは分かっていた。 「いいぞ。」 マルボロを抜いて咥え、遠藤は言った。その言葉にぱぁっと表情を輝かせたのは、長い髪に隠れていても理解できた。 夜は更けていった。
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