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本殿の奥、20畳はあるという和室に通された。何もない茣蓙の部屋の中央に置かれた紫色の座布団に座って雄大は言う。 「友哉、泰介。お前たちが5年前、新田夫婦という2人の呪いに苦戦して除霊に失敗したこと、そして今その呪いが再び蘇って葛城家を苦しめていること。俺は全てを知っている。あれから15年間、友哉のことを視ていたからな。」 言う人が違えばストーカーを疑われるだろう。しかし雄大の言う”視る”はまるで意味が違った。雄大は前に置いた漆器に吸い殻を放って続けた。 「古傷が痛むだろう。17歳の時、いたずらに手を出した女の霊につけられた傷が。包丁で切られたんだよな。」 遠藤は思わず永島を見た。右隣に座る彼はこめかみの古傷を撫でて頷く。長い間一緒にいるがあの時に出来た傷が包丁によるものだとは、それまで知らなかったのだ。 「無論相手は霊だから本物の包丁ではない。その女が昭和初期、自分をいたずらに犯した男たちを殺害するために用いたものだ。現にお前はあの日から三日三晩うなされ、あの男たちのように髪を全て抜かれた。」 いつからかスキンヘッドになった永島は小さく返事をした。 「どうして、今自分の古傷が疼くんだ。」 「風邪と同じだよ。治りかけの人間が再び寒い場所に長くいれば風邪がぶり返したりするだろう、それと同じだ。15年前からずっとお前の風邪は治っていない。そして今回強力な怨念に触れて、それがぶり返したというわけだ。だからその傷がついた過去を祓わないといけない。友哉、あの洞穴に行け。」 障子から日が差し込む。茣蓙をカーテンのように照らしていた。雄大は袖の内側から薄い木の箱を取り出し、中から手巻きタバコを抜いた。蓋の内側に張り付くマッチ棒を擦って火をつける。掠れたグレーの煙が漂った。 「しばらく泊まって行きなさい。泰介はすぐにここから出て、何故新田夫婦がここまでの怨念を抱えることになったのか、原因を探れ。」 「しかし雄大さん、友哉がいないと葛城家が。」 思わず身を乗り出してそう言うと、雄大は短く笑ってフィルターを弾いた。灰が舞って漆器に落ちていく。 「眠っているだけだろう。こちらから干渉しなければ災いは起きない。それに、おかしいんだよ。」 髪を掻き上げて雄大は続ける。正面から向き合うと改めて永島雄大は迫力があった。それは幼い時から感じていたことだった。 「いくらしくじったとはいえ、俺の息子だ。そんなお前がたった2人の怨霊を祓えないのはおかしい。新田夫婦、いや。その呪いにはまだ何か秘密がある。泰介はそれを探ってこい。」 遠藤は頷くことしかできなかった。隣にいる永島よりも歴も実力も桁違いである彼に言われてしまえば、全て言う通りにしないといけない。説得力が違うのだ。 「分かりました。調べておきます。」 「何か見つかったらここに戻ってこい。その頃にはもう、友哉は過去を祓っているだろうから。」 フィルターを噛んで紫煙を真上に吐いていく。煙の向こうで彼の鋭い目つきが2人を撫でていた。途中で口端を吊り上げたのは、気のせいだったのかもしれない。
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