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「…うぶか!おい…だい…大丈夫か!遠藤さん!」 海中から顔を出したように目を覚ます。秀夫と慶に上体を起こされ、遠藤は坂道の途中でへたり込んでいたことに気が付いた。目の前には数十人の霊媒師たちが由紀子を取り囲んで呪文を唱えている。さらにその周囲を老人たちが揺れながら囲んでいた。 「いきなり意識を失ったんだぞ、遠藤さん。大丈夫なのか。」 心配そうにそう言う秀夫だったが、遠藤は何も答えずに立ち上がった。 椅子に縛られた由紀子は、もう泥を吐いていなかったのだ。しかしその代わり、彼女は甲高い笑い声をあげていた。それは由紀子の声ではない。 「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハいハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハいハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」 中村諒太の声であることに間違いはない。その瞬間遠藤は考えた。 さっき自分は、霊の生前の感情を動かしたのだ。 そう感じた時、直感に釣られた遠藤は駆け出した。2人の呼び止める声すら耳に入れることはなく、ハイエースに向かう。後部座席の扉を乱暴に開いてボストンバッグを漁った。念のために持ってきた依頼資料をぺらぺらと捲っていく。中村一家の案件が記されたページを見て、思い出を刺激する道具を探す。 それ意外にも、すぐに見つかった。 慌ててハイエースから飛び出し、大型バスの横を通り抜けて坂を駆け上がっていく。5年前の事故現場は覚えていた。 いくつか山道を駆けていく。途中でガードレールを越え、遠藤は頭の中で場所を照らし合わせた。中村一家が最期ガードレールを突き破って落ちた場所。少ししてそこに辿り着くと、異様な光景が広がっていた。 背の高い草木の真ん中、垂れる白い花が咲き誇っていたのだ。 それは砂漠の中で見つけたオアシスのようだった。慌てて携帯を抜いて確認する。2月末、待雪草。スノードロップが咲く季節だ。 遠藤は携帯をしまって無我夢中になった。出来るだけ待雪草を引き抜いていく。数十本の花を毟って遠藤はその場から離れた。遠くの方で”ろうめよ”の声がした。
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