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風に吹かれて騒めく木々は、人間の噂話のようだった。気温の変化は妙に不規則で、ひんやりとした空気が流れたかと思えばねっとりと汗ばむような気温にも変わる。セットを崩し、駆けつけた救急隊員が霊媒師の遺体を救急車に運び入れる中、遠藤はタバコを燻らせていた。隣から少し甘い煙が香る。雄大は”ろうめよ”がいなくなった森を眺めながら言った。 「触れてみて分かったが、元々”ろうめよ”自体は弱っていた。そこに3組の夫婦の霊を取り込むことで、パワーアップしていたようだな。体力の無い敵が強い防具を装備していた、そんな具合だろう。」 「つまりその装備を外したことで、”ろうめよ”を祓えた。」 雄大は煙を吐きながら頷いた。 「それに加えて、”ろうめよ”は中村諒太を可愛がっていたようだ。実の孫みたいにな。だからあの子を利用した霊障が目立ったんだろう。」 松明の火は消えて、祭壇も片付けられている。2人の前で葛城一家が身を寄せ合って笑顔を浮かべていた。 由紀子曰く、天井から伸びてきた手に覆われたあの夜から記憶が曖昧らしい。霊に犯されてからというものの、断片的な日常を過ごしてきたという。憑かれた者にしか理解できない感覚だった。 雄大は除霊のセットを片付けている息子を眺めながら言った。 「泰介、お前意識を失っただろう。あれは新田光博が見せた映像だ。俺にも声が聞こえてな。指を切り落とす儀式を行いたいと風見梨花に提案されてから、自分は死ぬかもしれないと思うようになったと言っていた。遺書はその思いに駆られて書いたらしい。」 死ぬかもしれないと思いながら過ごす日々は、どれほど苦しいものなのだろうか。遠藤にはまるで分からなかった。その代わりに何気ない疑問をぶつける。 「雄大さん、もう”ろうめよ”はいないんですよね。」 「ああ、そうだが。」 「だったら、ここに墓を建てたいんです。オルゴールも指輪も、鉄の箱も全て地中に埋めてやりたい。」 そうか、と言って雄大は紫煙を吐いた。薄いグレーが真っ直ぐ伸びていく。 「もうあの3つはただの物になった。念も込められていない。いいんじゃないか、埋めても。」 「ありがとうございます。」 礼を言って遠藤は空を見上げた。意外にも青が抜けていて、空気が美味しい。5年前はこの空を見上げることもできなかったのだ。”ろうめよ”がいなくなった日翠山は、風も空も木々も、全てが洗練されている場所だった。 「泰介、お疲れ。」 永島は装束の袖を捲ってこちらにやってきた。 「大丈夫だったか、友哉。」 「まぁな。途中で体調悪くなったけど、お前が何か行動を起こしているのを感じたから踏ん張れたよ。最高のアシストだった。」 そう言うと2人は疲れたように笑って、握手を交わした。それは2人が5年間抱えていた巨大な後悔が終わったことを表していた。 風に吹かれて騒めく木々は、自然がもたらす恵みだった。
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