1/1

157人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ

東京都は目黒区、駒場にある事務所は大通りから逸れた路地にひっそりと佇んでいる。蔦で覆われた外壁は気にも留めなかった。薄暗い階段を上がりながらマルボロを抜く。片手に提げたビニール袋からライターを取って火をつけた。幼少期から治らないウェーブがかった髪を乱雑に掻いて5階に到着する。磨り硝子の上にかかったプレートには遠藤相談屋と書かれていた。確かこの文字は永島が書いたものである。慣れた手つきでドアノブを回し、仕事場に戻った。 「友哉、そっち何時からだっけ。」 奥のソファーから電球のような後頭部が覗く。永島は振り返ることなく言った。 「15時。泰介もでしょ。」 「ああ、まぁな。」 永島と仕事を始めてもう10年以上が経過していた。遠藤相談屋は俗に言う何でも屋であり、ジャンルを問わず仕事を請け負う。ゴミ屋敷の清掃、猫探し、忘れ物や落し物の捜索。そして心霊。幼い頃から霊感があるという永島とは幼馴染だった。 「じゃあ俺先に行くわ。色々準備しないといけないし。」 心霊の依頼を受けている永島は立ち上がり、ボストンバッグに何か物を詰め始めた。除霊に関するものだろう。付き合いが長ければそれはすぐに分かった。 「俺も行こうかな。あー骨が折れそう。」 「大荷物の中からネックレスを見つける、だったっけ。手分けしてよかった。」 ボストンバッグを肩にかけ、細いフレームのメガネを指先であげてから永島は言う。 「じゃあ行くね。」 「はいよ。行って来い。」 ようやく寒さがひと段落し、1月末の気温は春を予感させるとアナウンサーが告げていた。黒いタートルネックにシルバーのパンツを履き、革靴の底を鳴らしながら永島は事務所を出た。 フィルターを噛んで肺に送り込む。煙を吐いてテーブルの上にある共有依頼資料に手を伸ばした。永島が請け負う案件の詳細が記載されている。依頼主は葛城由紀子といった。ページを捲ると遠藤がこれから行く依頼主からの案件が記されている。吸い殻を灰皿に押し付けて、火種を消す。いつ購入したかも覚えていないレザージャケットを羽織って、遠藤も事務所を後にした。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

157人が本棚に入れています
本棚に追加