48

1/1

157人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ

48

段々と日が暮れ始め、辺りは橙色の光に包まれていた。中野坂上駅の前をすり抜けて住宅街に入る。角の前に車を停め、2人は外に出た。富津市にも、白金高輪にも、中村一家が住んでいた街にも、同じように春が来ている。 角を曲がった先、広がった土の前に立って2人は何も言わず考えていた。それは5年前、初めてここに訪れた時のことである。 息子が起こす奇行に悩まされ、夫婦には愛したくとも愛せない日々が続いていたこと。リビングで除霊を行ったはいいものの、永島に起きた霊障のせいで除霊は中断せざるを得なかったこと。幼稚園に通う中村諒太の後を追ったこと。全てが今もなお鮮明に思い出せる。だからこそ忘れてはいけなかった。 2人はどちらからともなく手を合わせた。時間にしてみれば数分間、遠藤たちは5年間の後悔と感謝を心の中で呟いた。 「帰るか、友哉。」 「ああ。行こう。」 もう苦しむこともなく、ただあの子を愛して欲しい。2人の思いは同じだった。 角の先に停まるパブリカの元に行こうとした時だった。 「ありがとう。」 どこからともなく聞こえた声は、2人の背後にあった。同時に振り返る。中村啓一郎と中村美佐に手を繋がれ、中村諒太が屈託のない笑顔を浮かべていた。眉の上にかかる前髪が、どこからか吹く春の風に揺れる。中村一家の3人は同時にあの歌を歌った。 「皆で幸せを数えてみよう、種が落ちて、花が咲くよ。」 そう歌い続ける彼らを見て、2人は背を向けた。何も言うことなく、それから振り返ることもなく、真っ直ぐ歩く。 あの言葉がふと過った。 家族は約束の体現である。家族という関係性で、相容れない人たちを強制的に結びつけてしまう。しかしあながち間違ってはいないのかもしれないと、遠藤は考えていた。 ふとした瞬間に人は道を踏み外してしまうことがある。それは不良になるということではなく、生のレールから外れてしまうこともそうだ。遠藤の両親が突然亡くなったように、家族という関係性は突然切れてしまうことがある。もし友達という関係性が切れてしまったら、仲直りをして結べばいい。だが家族は切れてしまえば一生元には戻らないのだ。 遠藤は隣を歩く永島を見た。勘当、一度は親子の縁を切られたが、15年ぶりに会った父は、息子を見守っていた。 家族はそういうものなのだろう。 「泰介、今度来る時は待雪草を持っていくか。」 「そうだな。じゃあ来年の2月だな、またここに来よう。」 彼らの歌声に2人の会話が混ざる。それでも遠藤たちは振り向くことはなく、そのままパブリカに乗り込んだ。 彼らが笑顔を浮かべていることなど、見ずとも分かったからだ。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

157人が本棚に入れています
本棚に追加