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「……お客様?」
声をかけてきたのは女性の店員だった。
「は、はい!?」
「いらっしゃいませ。ようこそボンジョルノへ。お暑い中、ようこそお出で下さいました。こちら、サービスのツメシボでございます」
きめ細やかな巻き舌と共に、腕に下げていた籠から彼女がトングでつまんで取り出したのは、どう見てもおしぼりだった。やや太めにまかれたそれをまるでパンの様にトングで挟み、勇作の方へと差し出す。
「良く冷えておりますので、私共の体温で温めないよう、トングで失礼いたします」
「あ、ありがとうございます」
受け取ると、火照った掌にひんやりとしたおしぼりの感触が心地よかった
思わずそれを広げ、ごしごしと顔を拭く。
「使い終わられましたら、店内に設置されております回収ボックスの方へどうぞ。それでは、店内ゆっくりとご覧くださいませ」
店員は笑顔で会釈すると、そのまま立ち去ろうとした。
それを勇作は呼び止める。
「す、すみません」
「はい? 何かお探しですか?」
「あの……えーと、あの張り紙……」
「あ、冷やし中華でございますね。本日は冷やし中華をお求めですか?」
「冷やし中華って……何?」
勇作の質問に、女性店員は一瞬きょとんとした顔をして見せた。
だが、すぐに笑顔になって説明を始める。
「冷水でシメた中華麺の上に、具材を乗せ、タレをかけてお召し上がりいただく麺料理でございます」
「ですよねぇ……」
「はい。えーと、店内でお召し上がりになられますか? お持ち帰りも可能です。税率が若干変わってまいりますので、お選びいただいた後での変更は出来ませんが……」
「あ、いや、そう言う事では無くて……。ここ、洋服屋さんですよね?」
「はい、左様でございます」
えへん、と一つ咳払い。
「当店は本場イタリアから直輸入した、カジュアルでありながらもデザインやセンスにきらめきを持つ魅力的なお洋服を取り扱っております。直輸入と言う形のため、サイズなどが日本のそれと大きく違う場合がございますが、お気軽に店員にお尋ね頂ければ……」
「服が素晴らしいのは分かったんですが……。その、なぜ冷やし中華を?」
「……夏だから、でございますが?」
変な事をきく奴だとばかりに首を傾げた女性店員に対して、勇作も首を傾げ返した。
「変ですよね。夏だからって服屋で冷やし中華って……」
勇作がそう言った途端、女性店員がさっと顔色を変えた。
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