冷やし中華始めました!!

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 それを手で制し、店長はさらに続けた。 「普段は冷やし中華を取り扱っていない、という点で我々どもと他の店とは全く同列なのです。これは純然たる事実です。違いますか?」 「いや、しかし……」 「ご心配なく。我々は仕立服も取り扱っております手前、生地の扱いには長けております。中華麺の製造ぐらいわけの無いことです」  それは生地違いでは、という突っ込み。  え、麺から手作りなの? という感嘆。  二つの思いが同時に勇作の中でぶつかり合い、結果として彼は何も言えなかった。 「包丁さばきでは他に後れを取る場合もあるでしょう。しかし、客が適当にたたんでそこいらに置いた服を手早く整えるのが誰かと言えば我々です。手仕事の速さには皆自信をもってやっているのですよ」  そんな事お構いなく続けられる、店長の流暢な冷やし中華を初めても当然論。 「もちろん、そんじょそこらの冷やし中華ではありません。我々にしか出来ぬ、言わばボンジョルノのボンジョルノたる冷やし中華。我々の持ちうるセンスを総動員した二つとない冷やし中華を提供させて頂いておりますゆえ、決してガッカリはさせません」 「服屋の……冷やし中華?」 「いえ、ボンジョルノの冷やし中華でございます、お客様」  言うまでも無いことだが、勇作には全くピンと来る部分が無かった。  何なら、こいつ何言ってんだと言う表情すら浮かべていたが、店長は引き下がる気配の欠片すら出さずむしろ一歩踏み込んだことを言い始めた。 「どうですか? 食べていかれませんか、ボンジョルノの冷やし中華」 「え、あ、いや……」 「是非どうぞ。楠井、ご案内して」 「はい、店長」  いつの間にか籠を手放していた女性店員、楠井はぺこりと一礼して勇作の前へ歩み出た。  そのまま勇作を手で促し、自身もまた歩き始める。
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