男、過日の求縁

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 五日目の事。 「忍者さん、今日はどちらに? 」  気づけば忍者さんと呼ばれるようになっていて、会話もそれなりにするようになっていた。今日は何があった、とか何が楽しかったとか。大体は庭の植物の話で、この花が綺麗に咲いた、この花の歌があってまたそれが美しいのだと。あなたは教えてくれた。他にもあなたはとても和歌や楽器、何かと様々なことに知識があるようで、私にそれらをたくさん話してくれた。 「それで忍者さんは、いつになったら私に姿を見せてくださるのですか?」 「……だから、見せません」  桜が散っても、私はその桜の木の後ろにずっと隠れていた。いつものやり取りだった。 「それで、今日はどんな花が美しいのですか」  ここであなたはいつものように花の話をしてくれるはずだった。しかし、その時会話が珍しく途絶えた。おかしい、と思って縁側の方に目をやると、あなたの姿がないことに気付いた。背中から急に寒気が走って、体から煮え滾るような殺意に代わり溢れ出す。まずい、どこに行った。誰かに告げ口でもされて袋叩きのようにされては、と私は刀を抜こうと静かに鍔に手を添え身構えていた。しかし刹那、柔らかいものが、私を包み込んだ。 「見つけた!」 「うぁっ……!」  あなたが、私を見つけ出して正面から抱きついてきたのだ。思わずよろけた。 「忍者さん」  会いたかった。美しい顔がより一層美しく見えて、私は思わず照れた。甘く、優しい香りがしていた。それにしても綺麗な色の着物を着ている。 「あ、あなたは何を……! 刀が危ない、それに裸足のままで着物が汚れてしまうでしょう」 「いいの。あなたの顔が見たかったの。……それにしても、顔が良く見えないのね」 「ええ、顔は隠しておりますゆえ」 「けれどあなたの声は、本当に素敵よ。良い声なのね。一度聞いたら、すぐに覚えちゃう」  あなたはにっこりと笑った。私はそれを見て、布越しに隠した顔が熱くなるのを感じていた。可愛い。このままだと惚れてしまう。本当にそう思った。けれど、これ以上情を持ってしまったら、いけないと私は思っていた。一応、仕事でここへ密偵に来ている上に最悪の場合、あなたを殺さなくてはならなくなってしまうから。私は関係がこれ以上深くなることを恐れていた。 「やめてください」 「ねぇ、顔を見せて?」 「ダメですよ」 「……私がここへ来てから、あなたが唯一のお友達なのに?」 「なっ……!」  もう、私はあなたに惚れてしまっていたのかもしれない。軽率だったな、と今になれば思う。私はそっと、顔に巻いていた布を解いて、目元に着けていた仮面を静かに外した。 「仕方、ありませんね」  すると、あなたが嬉しそうに私を見た。 「まぁ。忍者さん、すごく優しそうでかっこいい顔をしているのね!」  あなたの両手が私の顔を包んだ。温かくて、柔らかな手だった。 「私、忍者さんのこと、好きになりそう」 「……それは困ります」  けれど、私の胸はときめいていた。あなたみたいな女性に好かれることを、嬉しいと思っていた。
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