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「どう、したんですか」
「口当て、取って」
「ええ?」
巻いていた布を取ってあなたを見つめると、あなたは優しく私に口付けた。時が、止まったようだった。柔らかな唇だった。
「楓さん」
私は戸惑った。女性から受けた初めての口づけ。戸惑う私にあなたはそれから何度も唇を重ねてきた。互いの体温が混ざり合うような、深い口づけ。甘くて、気持ちよくて、とろけそうで。
「楓さん……!」
舌の上に、上等な砂糖菓子をずっと置かれているような、甘ったるさと甘さゆえの苦しさが込み上げる。思わずあなたをじっと見つめると、あなたは上気して欲情しきっていた。
「どう、したんですか……」
そう声はかけたけど、私は分かっていた。あなたが、発情していることに。だから、あなたは何も言葉を発さなかった。あなたは気づかれたくなかったのかもしれない。でも、気づいてしまった。あなたが劣等の人間であること。そして、それに私もあなたに発情してしまったことに。
そうとなると、二人で示し合わせたように部屋へと入った。私は暗い部屋で、静かにあなたを押し倒した。慌てて着物を剥ごうとする自分に、理性を働かせながら着物にかかっていた手を止めた。
「……だめだ」
理性を働かせて入るものの、限界だった。欲情していた。欲しい。あなたが欲しい。苦しい。食べて、しまいたい。自分の一部にしたい。けれど、だめなのだ。あなたは既に誰かのものだ。誰かの大切なものだ。着物に置いていた手を、離した。
しかし刹那、あなたはその手を素早く取った。
「いいの……東」
「だめだ、だめだよ」
「だめじゃない」
あなたは、私が着物を脱がせない代わりに自ら上着を脱いで、下の衣も解いてとうとう、裸になった。パッと見えた上の方は綺麗な、上半身だった。乳白色の傷一つない美しい陶器のように滑らかだ。下の方は、まだ暗がりで良く見えていなかったが、脚の滑らかで艶やかな様子は一目見ただけで分かった。
「……あなたに、抱かれたいの」
あなたは静かに言った。
「どうして……」
「あなたが、好きだから……」
そんな理由では、だめ?
あなたが首を傾げて言った。
「そんな……軽率、過ぎではありませんか」
「どうして?」
「出会ってまだ、ひと月ほどしか経っていないのに。それに、いつか私はあなたを殺すかもしれない」
私も、軽率だと思った。こんな風に理性の箍が外れかけて女性の裸を前にしている。軽々しい自分自身を殺してやりたい気持ちだ。自分の背後に誰かが来てしまえば、ここを一瞬で血の海に変える。その覚悟はできているはずなのに。あなたを前にすると、その覚悟と勇気が薄れていく。
それに、あなたは私の言葉の柵を一瞬で飛び超えてしまった。
「それでも、いい」
あなたが、語尾を強めて答えた。覚悟を感じた。
「あなたは、私にとって、この世界に出て初めて知り合い、仲良くなって、もっと、もっと触れていたい。触れてほしい、そう思ったの」
「……でも、あなたはもう誰かのものだ」
そうである以上、互いが互いに交わることをしてはならないはずだった。けれど、あなたは静かに言った。
「……もの、なの」
「え?」
「私は、ものとしか思われてない」
それから、あなたは静かに涙を流した。
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