左手はずっと君をさがしてる

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昇降口に到着すると、一足先に教室を出て行った長月の姿は無かった。 下足箱から靴を取り出して、たたきに落とす。 僅かな砂埃が舞って、避けるように顔を上げた視界の端に、支柱にもたれている村瀬の横顔が見えた。 グラウンドに向けられた視線は、ぼんやりと宙を見つめていて、音楽でも聴いているのか、耳からイヤホンの黒いコードが伸びていた。 さっきの過保護メールのこともあったから、意気込んで村瀬の肩を思い切り叩いて驚かせてやろうと、足早に歩み寄って伸ばしたはずの左手が────動かせなかった。 「む、ら……」 胸の内側が、意志とは無関係に動揺の音を立てる。 音楽を楽しんでるとか、浸ってるとか、村瀬の表情はそんな情緒的なものじゃなくて。 虚空を見つめて、ただ空っぽな音を聴いているような切ない顔は、まるで俺の知らない村瀬がそこにいるみたいだった。 そう思ったら、声が上手く出せなくて、宙ぶらりんに彷徨う左手を握りしめる。 不意に、見つめていた横顔がゆっくりとこちらに向いた。 「あれ、宮森……ずっといたの?」 「え、あ、ううん。今来たばっか」 バクバクと。煩くて。 村瀬の声がよく聴こえない。 中途半端な左手を村瀬の右耳のイヤホンに伸ばした。 「なんの曲?」 なに考えてんの? 引き抜いたイヤホンを耳に近づける。 僅かに漏れる少し切ない旋律が、仁志がよく弾くギターの音に似ていた。イヤーピースを左耳にあてようとした途端、音が消える。 「教えない」 「え……?」 「今日、歌うやつの練習だから」 誤魔化すように笑った村瀬の筋張った手が伸びて、くしゃりと頭を撫でられる。またモヤモヤがじわりと胸の奥に染みを広げる。 うそつき。 いつもアップテンポな曲しか歌わないくせに。
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