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「……よくわかんない。あんまりそういうの意識したことなくて」
入り口脇に停めていた自転車に鍵を挿す。
「ふーん」
カチャンと解錠された自転車のハンドルを、相槌を打つ村瀬が握っていた。
どうせ俺が片手運転が下手だから、交代してくれるつもりなんだろうけど。こうして村瀬が前に乗るなんて、いつぶりだろう。
自転車に跨る村瀬に続いて、荷台に座る。同時に、「いくぞ」と少し低めの声が耳に入る。
サドルを掴んだ左手は、まだ妙な緊張感が残っていてやたらと力が入る。
村瀬がペダルを踏み込むと、いつもとは違う景色が流れ出す。ゆっくりと、風が頬を撫でていく。
「じゃあ……村瀬は?」
「俺?」
「うん。好きな子いる? 告白されても断ってるし、前からちょっと気になってて……」
もし村瀬が誰かと付き合えば、こうして俺の自転車に乗ることもなくなる?
「いない」
「ええっ? うっそだあ!」
もし俺に彼女が出来たら、村瀬はどう思う?
「うわっ、急に動くな! 転けるだろ!」
「イタッ」
村瀬の言葉が意外すぎて、つい好奇心で顔を覗き込もうとしたら、肘で頭を小突かれた。
「仮にいても気づかないだろ? 宮森、鈍いから」
ははっと、村瀬の笑い声が聴こえる。
首筋にかかる明るめの毛先が、風で揺れている。
「一言余計だよ。まあ、村瀬なら絶対いけるって」
自転車の振動じゃなくて、村瀬の背中が一瞬、ぴくりと跳ねたような気がした。
「絶対なんて、ないって」
カラカラ車輪の音が煩くて。
声をすこし張らないと村瀬に届かないことがもどかしい。
「好きな子もいないのに、なんで卑屈になってんの!」
村瀬はいつもこんな風に、大声で喋ってくれていたのだろうか。
「いや、無理なときは無理なんだよ」
「えー、そういうもんなのかなぁ」
俺たちは、いつまでこうしていられるんだろうか。
永遠じゃないことくらい、分かってるけど。
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