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トイレを終えて、手洗い場の鏡に映る自分の顔が疲れて見える。村瀬を見返してやると意気込んでいたくせに、まともに会話する前にこうして逃げてしまうとか、みっともない。
だけど気分が晴れないのは、それだけじゃないことは分かっていた。
自分の中で揺れる妙な気持ちのせいかもしれない。少し前から、ゆっくりと、けれど確実に大きくなりつつある、モヤモヤとした気持ちの正体が分からないせいだ。
「あーあ、シャツ濡れてる……てか、どんな顔して戻ればいいんだろ」
鏡越しに見えた制服の襟元に、先ほど吹き出したジュースがベッタリこぼれていた。
──私の狙いは秋くんだから
例え社交辞令だとしても、あんなこと言われて、意識せずに過ごすとか絶対無理だ。
ジュースをハンカチで拭いながら、本日何度目かの長いため息を吐いたとき、入り口の扉がキイと小さな音を立てて開いた。
「宮森、大丈夫?」
もう嫌ってくらい、見飽きたはずなのに。
この顔を見ると落ち着くというか。
つい安心してしまう自分が、今はなぜか嫌だった。
「……村瀬もトイレ?」
「まぁ、そんなとこ」
俺は心配されなくても、大丈夫。
村瀬の過保護は必要ないんだって。
そう────思い切り言ってやろうと思っていたのに。
「俺は……休憩がてら逃げてきた……シャツも汚れちゃったし。やっぱりこういうの、苦手……かも」
なんで、弱音を吐くかな。
「宮森が帰るなら俺も帰るけど……あー、これ染みになるなぁ」
不意に、伸びてきた村瀬の手が、俺のシャツに触れようとして。
「いいって!」
反射的に出した手が、拒むように村瀬の手をパチンと弾く。
「あ……ごめ、」
ハッとして見上げた村瀬の目元が、不愉快そうに歪んだ。
「宮森……さっき隣の子に何て言われた?」
「さっき……って?」
「自己紹介のとき」
「え?」
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