足りないのに一杯な胸の中が痛む

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部屋に戻ると、いつのまにか花園の自己紹介が始まっていた。 そこでようやく、俺の右隣に座るボブヘアの彼女が、真木聡美(まきさとみ)という名前だと知る。 「秋くん、何歌うの?」 真木さんが俺にタブレットを渡して近づいてくる。僅かに肩が触れていて、少し緊張してしまう。 「え、俺一番?」 「うん、自己紹介がまだだし、秋くんから宜しくって長月くんが」 まさかここで、トップバッターとか。 冷や汗がだらだら、背中を伝う。 だけど、気持ちが一向に落ち着かないのは、さっきの村瀬の態度のせいかもしれない。 「ど、どうしよ……無難に髭男(ひげだん)とかにしようかな」 「わ、嬉しい! 髭男好きなんだ!」 「はは、良かった」 俺が緊張しやすいから、きっと気遣って距離を詰めてくれているんだろうけど、これじゃあ逆効果だよ。 そう喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、『115万キロのフィルム』を入力すると、画面に予約が表示された瞬間、花園女子が騒ぎ始めた。 どうやら花園でブームの恋愛映画の主題歌らしい。 「これ誰が歌うんですか!?」 長月の横にいた色っぽい女の子が、嬉しそうに声をあげて、 「秋くんだよねー!」 真木さんが答えながら、ごく自然に、いきなり腕を絡めてくっついて来た。 「ちょ、ちょっと、真木さんっ!」
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