足りないのに一杯な胸の中が痛む

4/13
前へ
/73ページ
次へ
扉を押し開けて通路に出ると、村瀬の姿はもう見えなかった。 慌てて店内の階段を駆け下りる。心臓が急かすように早鐘を打ち続けていた。 何をこんなに焦っているのか、何に不安なのか分からない。 今まで当たり前だったことが、ほんの少しずつズレ始めて。当たり前だと思っていた距離が、ほんの少しずつ離れてしまって。 だけど、自分がどうしたいのか分からない…… 店を出ると、思いの外肌寒い空気に、露出していた腕を掴んだ。 脈がまだ早い。手の平で腕を擦り、その動揺を誤魔化すように散らして、足を踏み出す。 空はすっかり陽が落ちて暗くなり、人の顔がぼんやりとしか見えない。 カラオケ店を出て右折した先にある、いつも通る線路沿いの道には、電柱に設置された防犯灯が足元に頼りない明かりを灯していた。 その明かりの下を歩く、見覚えのある背中を見つけて咄嗟に叫ぶ。 「村瀬っ!!」 振り返った背中は、やはり村瀬のものだった。 駆け寄った俺の顔を見るなり村瀬がため息混じりに呟いた。 「なに……」 その顔に笑顔なんてものはなくて、ただ見下ろされる切ない目元に、なぜか胸の奥がズキズキと痛んだ。
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!

69人が本棚に入れています
本棚に追加