足りないのに一杯な胸の中が痛む

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口籠る俺の顔を見るなり、長月が目を細めた。 「ふーん……まあ……例えばだけど。宮森は駅前のパンケーキが大好きだろ?」 「うん」 「じゃあ、なんで好きなの?」 「え、美味しいし、ふわふわだし……」 「そう。理由があるだろ? だけど好きな人ってのは、そうじゃない気がするんだよなあ」 頬杖をついたまま、思い耽けるような表情をした長月は妙に大人びて見えた。 「お、良いこと言うね。さすが広報委員長」 仁志がいつもの様に、カラカラと笑い声を上げた。だけど、決してふざけていないことは目を見れば分かる。 「要するに、理由なんて無いのよ、アッキー。気がついたらそいつのことばっか考えて、だけどその理由がわからなくて苦しくなったりな。とにかく寝ても覚めても気になるし、何気ない会話なんかでも、気持ちが上がったり下がったりするわけだ」 あ……れ? なんかそれって……まるで…… 「ま、アッキーも誰か好きな人ができればすぐわかるって。胸がさ」 「む、胸が?」 「ドキドキしたり、モヤモヤしたりするから」 「ッ!?」 ドクンと、力強く拍動した心臓が、口から飛び出そうで。慌てて唇に押し当てた手の甲には、やたら熱い呼気が触れた。 まさか……まさかだけど。 俺のこのモヤモヤって……そういうこと? 手の平にじわりと熱い汗の存在を感じる。 そこを中心に熱が末端へと急速に広がっていく。 「へえー、仁志はそういうタイプの子が好きなんだ?」 「なんだよ、長月は違うのか?」 「俺は従順な子が好きだから、振り回されたりはしないな〜。去るものは追わない主義だし」 「うーわ、でたよ腹黒王子。自分に興味無くなるとサヨナラですか」 「いやいや、好きな子を困らせたくないだけだって。向こうに気持ちがないのにさ」 「俺は絶対諦めない主義だけどな」 「だからフラれるんだ」 「うるせー!」 何やら楽しそうに盛り上がってるところ申し訳ないけど、俺は二人の声なんて正直耳に入れる余裕も無く。 「あれ、アッキーどした?」 「宮森、顔赤いけど、大丈夫?」 頷くのが精一杯。 「と、トイレにっ!!」 平静を装いつつ席を立ち上がった。 「おー、いってらー」 仁志の声を背中に受けながら、つんのめりそうな身体を必死に立て直して教室を飛び出した。
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