触れたくても触れられないのは

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稲見は転校生だから、初対面だと。 俺も、おそらく宮森も思い込んでいた。 「私ね、小学校の時から宮森くんが好きだったんだ。だから、いつも傍にいる村瀬くんが羨ましくて仕方なかった」 「え、小学校……?」 「笹川(ささがわ)だよ。笹川綾。小5の時、同じクラスにいたでしょ? 大食いのおデブなホクロ女子」 そう言って自分の口元を指差して笑う稲見の指先には、確かに薄らとホクロが見てとれた。けれど、笹川と言われても、全く思い出せない。 「その顔からして……やっぱり覚えてないよね。中1の終わりに他県に引っ越しちゃったし、親が再婚して苗字も変わっちゃったから。おまけに私、すっごく暗かったしね。だから、さっき宮森くんに会ったときも、恥ずかしくて笹川だって言えなかった」 ふっと戯けるように吹き出した稲見の笑顔は、何かを懐かしむようでいて、少し翳りがあった。 「ごめん……よく覚えてなくて」 思わず足を止めると、稲見は顔の前で手を振って笑い声をあげた。 爽やかで凛としたその笑顔に、暗いと揶揄する名残など微塵も感じられない。 「いいのいいの。自分でも嫌になっちゃうくらい存在感無かったから。でもね、そんな暗ぁーい私に、隣の席だった宮森くんは毎日話しかけてくれたんだ」 先に階段を降りきった稲見が、くるりとこちらに振り向いた。 「宮森……が?」 スカートが翻って、どきりとするような綺麗で柔らかな笑みを浮かべていて。 きっと、宮森と彼女なら。 笑顔の絶えない恋人になるんだろうな。 そんなことが不意に頭を過り、胸の奥がぎしぎしと嫌な音を立てる。
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