触れたくても触れられないのは

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「仁志……俺さ」 もう、いいんだよ。 そう言いたいのに口に出せないのは、まだ心が諦めきれてないからだ。 「アッキーと何があったんだよ。昼休憩の後、どんな顔して帰ってきたか知らないだろ」 呆れたように眉を下げる仁志の顔に、それほど怒りは見られなかった。 「宮森に……訊いたのか」 思わずため息がこぼれる。 「なんて顔してんだよ。怒る気も失くすわ。そもそも訊かんでも分かるっての。あの鈍感ちゃんが『恋愛感情の好きって何?』とか言ってきたんだから。おおかた村瀬が告ったんだろうなって。んで、無かったことにしようとしてるってオチだろ」 図星でまた、ため息が漏れる。 「はぁ……これだから嫌なんだよ、バンドマンは。妙にそっちの勘が良いし」 おまけに世話焼きだし、ほんと嫌になる。 諦めたい気持ちが仁志を前にすると、なんとかなるような気さえしてくるのだから。 「あのなぁ、言うなら腹括れよ、んで逃げるな。男はぶつかってなんぼだろ? 恋はな、電光石火なんだよ」 まるでどこかのラブソングの歌詞にありそうな言葉に、堪らず笑いが零れた。 「はは、何それ」 意味深な笑みを浮かべて、仁志が俺の胸を拳で叩く。 「軽音学部(俺のとこ)の部長の受け売り。稲妻の閃光みたいに、恋は一瞬で消えるってこと。タイミングを流したら全部が駄目になる。好きだと分かってて、何もしない奴はただの馬鹿だ」 「そんなの……」 言われなくても、嫌ってほどわかってる。 「いつまでもアッキーは村瀬の隣にいるわけじゃ無いし、一瞬で今の関係が消えるかも知れないのに、何でそんな呑気なことしてんだよって俺は言いたいね」 真剣な仁志の瞳に気圧されそうだった。 普段はバカ話しかしない、デフォルトの気の抜けた顔が、ライブの時だけ見せる、ひりつくような熱さを滲ませていた。
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