ハローグッバイ

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教室に戻ると、既に本鈴が鳴り始めたところで、英語のナンシーが真っ赤な唇を尖らせていた。 慌てて席につくと、長月がこちらに振り向いた。「なんかあった?」と口パクで尋ねてくるのを、首を横に振って答える。 言えるわけない。 村瀬が稲見さんと付き合ってるって噂を聴いて、嫉妬で村瀬に当たってしまったとか。 村瀬に確かめたわけでもないのに。 二人に何があったのか知りもしないのに。 そもそも、俺たちは付き合ってすらいない。  『好きだけど、返事はいらない』 あまりに突然で、正直村瀬が何て言ったかなんて殆ど覚えてないけど。確か、そんなことを言われたと思う。 それはつまり。俺と付き合うつもりは無いってこと。 だから、たとえ村瀬が誰と付き合おうと俺に口出す権利なんて無いわけだ。 「O Romeo, Romeo! Wherefore art thou Romeo? Deny thy father and refuse thy name; Or, if thou wilt not, be but sworn my love, And I’ll no longer be a Capulet.」 ナンシーが、下手な演技がかった声で英文を読み上げる。 最悪。ロミオとジュリエットなんて。 悲劇の名作じゃないか。 結ばれてはいけない宿敵同士の恋。 決して叶うはずのない恋の先に待つのは悲劇だけ。 宿敵ではないけれど、冷静に考えれば俺たちは男同士で、前途多難なことくらい火を見るよりも明らか。 まるで今の俺と村瀬のことを物語っているみたいだ。 「Romeo, doff thy name, And for that name, which is no part of thee, Take all myself.」 名前を捨てて。 そんな名前はあなたじゃない。 名前を捨てて私を取って。 そう、口に出せるジュリエットは酷い女の子だと思う。ロミオが名前を捨ててしまった後の行く末を考えはしなかったのだろうか。 結局。二人とも自分勝手な道を選んだがために、残酷な結末を迎えてしまう。 それならロミオの幸せを願って、身を引いてあげたほうがよっぽど─── ……よっぽど? じゃあ、俺は村瀬が答えがいらないと言われたから。稲見さんと付き合うかもしれないから。 このまま、身を引いたほうが。 村瀬の幸せを願って、このまま無かったことにした方が、お互いのためって? そんなの────
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