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「もっと早く言ってくれたら良かったのに……俺全然気づかなくて」
放課後、駅前のパンケーキ屋は人気店というだけあって、俺たちが来た頃には既に行列が出来ていた。
列をなした10組ほどの客は、そのほとんどがカップルで、若干気恥ずかしさもあっておずおずと最後尾に並ぶと、隣の俺を見上げて稲見さんがくすりと笑った。
「だと思った。宮森くん、絶対気づかないだろうなって。それに、私の見た目も大分変わったし、わざと隠してたし……」
「何で隠したりしたの?」
俺より少しだけ背の低い稲見さんは、すらりと長い手足がよく目立つ。顔も小さくて可愛いし。だからこんな人目を引く子が、昔の級友だったなんて思いもしなかったわけで。
「嫌いだったの、昔の自分が。だからあの頃の私を思い出して欲しくないのもあったし、あと」
行列がぞろぞろと動きだし、俺と稲見さんは客の後ろについて足を進める。店の入り口は開かれたままで、店内から僅かに音楽が漏れ聴こえた。
「あと?」
「あと……今の私で勝負したいなって思ってたから」
「勝負って?」
店内をぼんやり眺めていた稲見さんの視線がまた俺に向けられる。
爽やかで、凛とした真っ直ぐな瞳は、かつての暗くて寡黙な彼女の面影をすっかり塗り替えていた。
「昔同じクラスだったからとか、隣の席だったからとか。そういうの抜きで今の私を知って貰って、宮森くんに好きになって貰えるように頑張ろうって決めたんだ」
「へえ」
頷いて、一歩足を踏み出したところで固まった。
「え……」
今、稲見さん、何て言ったっけ。
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