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「そっか……うん……そう言われるだろうなって、覚悟はしてたんだけどね」
稲見さんの少し翳りのある表情に、胸がちくりと痛む。
それでも。自分の気持ちを誤魔化して嘘をつくのは嫌だから。
「俺、ほんと鈍くてさ……稲見さんのことも思い出せなくて、きっとがっかりさせちゃったかもしれないけど。村瀬の代わりとか……そんな悲しいこと言わないで欲しい。俺は昔の稲見さんも、今の稲見さんもどっちも素敵だと思う」
「はぁ……宮森くんって、やっぱり鈍いよね」
俺の今伝えられるだけの想いを言葉にしたというのに、なぜか稲見さんは苦笑しながら、額に手をあてる。
「ん?」
「さっき私、意地悪な言い方して宮森くんを困らせようとしたのに、その私を慰めるなんて。おまけに振った相手に優しくするとか狡い」
「え……よく分かんないけど、何かごめん」
「ううん。いいの、宮森くんのそういう鈍いところが好きだから」
悪戯っぽく俺を見る稲見さんの笑顔は、どこか吹っ切れた様に清々しくて。
だけど、決して忘れてはいけないと、手のひらを強く握りしめる。
俺は彼女の想いを潰して、これから村瀬に自分の気持ちをぶつけるってこと。
誰かを悲しませても、俺は自分の想いを貫こうとしてるってこと。
俺のこの想いは、誰かの悲しみの上に成り立ってるってこと。
「お次のお客様どうぞー」
店員の声が聞こえて、稲見さんが嬉しそうに俺の腕を叩く。
「宮森くん私たちだよ、行こう!」
「うん……」
歩き出した稲見さんの背に向かって、聴こえない様に小さく呟く。
「稲見さん……ありがと」
「ん、何か言った?」
「いや、何も」
「じゃあ早く行こうよ。待ちくたびれちゃった!」
「うん、俺も久々だし楽しみ」
「今日はやけ食いしてやるんだから。もちろん宮森くんの奢りだよね?」
「も、もちろん! あ、でもここ食べ放題じゃないからね……」
「え、聴こえませーん」
「ちょっとおー」
何の取り柄もない、こんな俺を好きになってくれてありがとう。
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