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叫んだ声に、ガードレールにもたれていた影がゆらりと動いた。
街灯の薄明かりが村瀬の顔を照らしたまま、虫の羽音のような音を立てる。
「何回も考えたんだよ、」
電話越しじゃない、澄んだ村瀬の声。
しんとした夜の冷えた空気が頬を刺す。
「何であんな馬鹿なこと言ったんだろうって」
やっぱり、村瀬は……
「後悔してるって、こと? 言わなきゃ良かったって?」
ゆっくりこちらに歩いてくる村瀬の顔を見るのが怖い。
俺の気持ちをちゃんと伝えるんだって、そう決めたはずなのに。村瀬の本心を聴くのが怖くて、手の平を力一杯握りしめる。
「そうじゃなくて」
「そう言ってるのと同じじゃん……あの時だって、俺の気持ちなんて聴きもしないで勝手に謝るし。そんなの、さっさと無かったことにしていつも通りに戻りたいって、そう言ってるのと同じじゃん!」
「違うよ、宮森」
村瀬の手がいつもする様に、俺の頭に向かって伸びてきて。この手が触れたら「勘違いだった」とか、「冗談だった」とか。
俺が恐れている言葉が出てくるような気がして、一歩後ずさった。
「何が、違うんだよっ」
「もう友達には戻りたくないってこと」
村瀬が俺の腕を掴んで優しく引き寄せた。まるで、俺の心を手繰り寄せるみたいに。
お互いの制服が触れ合う距離、村瀬の頭が俺の肩に落ちてくる。
「ちょっ、」
息を止めるしかなくて。
「最後まで聴けよ。俺が後悔するとしたら、何であの時、出来もしないのに気持ちにけりつけるだの、距離置くだの言ったんだろうなってこと」
「それって……」
酸欠の脳内が、村瀬の言葉の理解を躊躇っている。
だけど。
「稲見さんじゃなくて、俺を選べよ。俺以外、選んだりするなよ」
触れた肩の熱だけで。
少し怯えたような声音だけで。
理解なんてしなくても、充分伝わるよ。
「もう……とっくに選んでるってば」
遅すぎるほどだけど。
随分遠回りしたけど。
確かにこの瞬間、電光石火みたいな俺たちの恋がスタートを切った。
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