ハローグッバイ

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時計から視線を戻した直後、長月が椅子の背にもたれてぐっと伸びをした。 「それじゃ、仁志も行っちゃったし、俺も悪いけど先に帰ろうかな」 「塾?」 「いやー、デート的な?」 飄々と言ってのけ、入り口に向かって長月が歩いていく。 「まさか、彼女できた?」 「いやいや。まだ彼女じゃなくて、今じわじわ落としにかかってる最中。まあ時間の問題かなぁ、と」  「その余裕が怖いわ」 「あははは」   不敵な笑みを浮かべる長月も、音楽に全ての時間を注ぎ込む仁志も。きっと俺には知り得ない努力や苦労をしてきているのだろう。そう思うと、肩の力が抜けた。 こんなに長い時間はかかったけれど、俺が苦悩した日々は決して無駄なんかじゃ無かったと思えた。 大切なものを手に入れるためには、相応の努力と覚悟が必要なんだ。そしてそれは俺だけじゃなく、何かを求めている人間ならば、誰にでも当てはまるのだと…… 「じゃあ、宮森によろしく。喧嘩するなよ」 「ああ、わかってる」 入り口に立つ長月に手を挙げて応える。 ひとりきりの10月の教室は、やたらと寒くて静かだ。 縮こまるように背を丸めて机の上に突っ伏した。腕の中に顔を埋めると、瞼がとろりと重くなる。 たった4日なのに。まともに顔を見て話せていないことが、こんなに寂しいなんて。 これから先、俺の気持ちはちゃんと落ち着いてくれるのだろうか。
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