六、花火と龍神

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「はぁ? お前がJKとデートだぁ?」 夕食時、結斗は思いっきり嫌な顔をした。 「デート? とは違うよ。付き合ってるわけじゃないし。一緒に花火みるだけだから」 「それデートっつーんだけど」 「友達とは都合が合わなくて、仕方なく僕を誘ったのかも」 「お前、それ本気で言ってんの?」 「よきことだ。花火なら、水瀬神社からだとよく見える。生い茂っていた雑草もなくなったので、かつてのように美しく見えるであろうな。天狗に会うまで、息抜きも必要だ」 八尋がうれしそうにうなずく。 「そうなんだ。芽依さんにも教えてあげよ」 「はいはい、呑気なことで」 「なんだよ。そんなに花火がみたいなら結斗も誰か誘えばいいだろ」 「……天然なのか馬鹿なのかアホなのか」 結斗は蔑みつつ箸を動かす。あの時の結斗が幻だったのかと思うほど、相変わらずだった。それでも、前ほどは刺々しさがなくなったような気がした。 少し早めに芽依を待っていると、どこからともなく人々が集まってきた。孫を連れた老夫婦や親子。地元の人たちだ。 「あら、もしかして椋太くん?」 七十代ほどの女性が親しげに声をかけてきた。 「は、はい」 「久しぶりねぇ。帰ってたの? ほら、私。椋太くんが小さい頃、よくおばあちゃんのところに遊びに来てた」 そう言われて思い出す。確か、祖母のお茶のみ友達だ。 「大きくなったねぇ。……お葬式以来かしら」 「ご無沙汰しております。お元気そうで」 「おかげ様でねぇ。椋太くんも花火をみにきたのかい?」 「はい。友達と待ち合わせしていて」 「そうかいそうかい。ここの神社、花火がきれいによく見えるから、とてもいい場所だよねぇ。荒れていた境内もきれいになっていたから、久しぶりにお参りがてら花火を見に来たんだよ。よかったらまた遊びにおいでね」 にっこり笑って、石段を上がっていく。 「花火みたら屋台いっぱいあるとこ行こうよ! ヨーヨーほしい!」 「はいはい」 ぞくぞくと集まってくる人たちは皆、花火が目的のようだ。 (人も集まれば、龍神も喜ぶな) その時だった。呼ぶ声がしたような気がして、境内を振り返る。この感じは、何だろう。熱に浮かされたような、それでいてとても心地がいい。椋太の足は勝手に社に向かっていた。 「椋太さん?」 後ろから声がしたけれど、椋太の足は止まらなかった。……早く、龍神のもとへ行きたい。 「待って、椋太さん!」 追いかけてくる声を振りほどき、椋太は石段を上がっていく。 花火が打ち上がる音がして、辺りが光に溢れた。人々は空に視線を向け、椋太のことには目もくれない。 躊躇なく社の扉を開く。 (ああ、いつかみた夢と同じだ) 椋太は吸い込まれるように中へと足を踏み入れる。外気よりも冷たい空気が流れていき、足元には清い水が滑っていく。 浅い水の中を進んでいくと、水に横たわっている美女がいた。黒髪が水に揺れているだけで、胸の前で組み合わせた指も、白い頬も、形のよい唇も、少しも動かない。 「どうしたら、目を開けてくれますか」 答える声はない。椋太はその場にひざまずき、彼女の頬に触れる。ひんやりと冷たい。 ふいに。長い睫が揺れた。しかしそれだけだった。やはりまだ、神守としての霊力が足りないのだろうか。 「私の神守」 水に波紋が立つように、空間に広がっていく優美な声。龍神を見るも、彼女は変わらず眠ったままだ。 「私の体はまだ眠ったままだが、こうして言葉だけは伝えられるようになった。まだ足りぬのは、風の力。龍神の力の源となるもの」 頬をなでられたような気がして手をやるが、自分の頬に触れただけだった。 「早くそなたに会いたい。必ずや、私を目覚めさせて――」 甘い声が耳元でささやかれ……。 次に気づいたときには、椋太は一人、社の前に佇んでいた。 (この気持ちは) 椋太はぎゅっと服をつかむ。駄目だと強く言い聞かせる。――龍神に、心惹かれてはならない。
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