七、孤独な天狗

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かくして、お試し天狗が始まった。少しでも楓の寂しさが紛れるといい、そんな気持ちだった。 約束をしていた水瀬神社の欅の下に来ると、すとんと白い翼が降り立つ。 「久しぶりだなぁ、こんなにわくわくするの!」 先日見た楓よりもだいぶ明るい。彼から伝わってくる無邪気さで、こちらも楽しくなってきた。 「僕は最初、食糧調達から教えてもらった。ここよりも、もっと山の上に行くんだ。今回はお試しだから特別に僕が神守を運んであげる」 「え?」 抱えられたと思ったら、あっという間に上空にいた。 「ちょ、おお落ちる!」 「大丈夫だよ、暴れなければ。僕、こう見えて腕っぷしは強いんだ。天狗だからね」 ついっと空中を進んでいく。田畑や森林がとても美しい。すぐに山頂付近についてしまった。滝つぼにある大岩に、二人は腰を下ろす。 「はい、これ」 楓から釣り具らしき木の棒をもらう。先から糸が垂らしてあるけど、針はついていない。 「これで釣れるの?」 「天狗だから、針は必要ないんだ。霊力で引き寄せるから。椋太にも少しだけ僕の霊力を分けてあげるからやってみなよ」 椋太は水へ糸を垂らした。隣で楓も同じように糸を垂らす。と、楓にはすぐに魚が釣れてしまう。 椋太も真剣に糸を垂らすが、一向に引きはない。その横で、楓はもう何匹も釣っている。 「最初はそんなもんだよ。僕もそうだった。師匠はあっという間にたくさん釣っちゃってさ。僕は一匹も釣れなくて、悔しかったんだ。懐かしいなぁ」 少年らしい笑顔から、本当に師匠である大天狗のことを慕っていたのだと分かる。 「楓は、天狗になりたかったの?」 「なりたいって思ったわけじゃないよ。僕が捨て子だったことは話したよね。とある寺に預けられていたんだけど、みんなとうまくいかなくて、寺を飛び出した。たったの五つだった。もちろんすぐに行き倒れた。そんな僕を、師匠が救ってくれたんだ」 イワナやヤマメ、十分に取ったのでその場を離れる。楓は木々を集めると、火打石であっという間に火を起こし、慣れた手つきで魚を棒に差していく。 山の上らしい、涼しい風が通っていく。 「師匠は、僕に天狗にならないかと誘った。僕は二つ返事で答えたよ。だって、このまま人間でいたって何もいいことなんてなかったもの」 彼の話に耳を傾ける。自分が想像もしなかった時代が、確かにあったのだ。 「僕は、天狗になるほか生きる道はなかった。でも師匠に出会ってから毎日が楽しくてさ。釣りも、火の起こし方も、全部師匠が教えてくれた」 「天狗って、無理やり人をさらったりっていう怖いイメージだったけど、だいぶ違うんだね」 「悪天狗もいるよ。神隠しにあわせたり、人を驚かせたり、怪我をさせたり殺したりする奴もいる。でも、師匠は違う。天狗としての誇りを大切にしてたし、それを僕にも教えてくれた」 魚が焼けるのを待つ間、時がとてもゆっくりと流れていった。 「天狗の契りって何をするの?」 「難しいことはないよ。同じ盃に酒を汲んで、飲み干すだけだ」 「お酒かぁ」 椋太はあまり酒を飲む方ではない。妖狐に無理やり飲まされた酒を思い出して、少し辛くなる椋太だった。
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