七、孤独な天狗

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「天狗は強くなければならない。なわばりに入ってこようとする悪天狗を追い払えるようにね」 翌日、天狗体験二日目だ。椋太は杉の木立にいた。 「他にも天狗がいるんだね」 「もちろんいるよ。天狗によって群れるか群れないかはまちまちだけど。つがいになる天狗もいるけど、いない天狗も多い。だからさ、昔は僕みたいな捨て子とかを自分の弟子にして後継者を育てていたんだ」 楓が錫杖を振るうと、杉の木が大きな力をくらったように根本から折れて倒れてしまった。 「すごい。楓はじゅうぶん強いと思うよ」 「師匠はもっと強かった。大天狗の力はこんなものじゃない。山の一つや二つ、つぶせるくらいだ」 楓は自分のことのように得意げだ。 「僕はまだ、木を一本倒すのでいっぱいいっぱいなんだ」 楓ははにかんだように笑うと、林の奥へと椋太をいざなった。 木洩れ日が優しく降り注ぐ。両手で持てるほどの苔むした丸い石が一つ、木の根元に置かれていた。そばでは赤いかざぐるまがゆっくりと揺れていた。 「師匠の墓だ」 楓は途中で摘んだ白百合を添えた。 「どこもかしこも、師匠との思い出がたくさんあるんだ。すぐ思い出してしまう。天狗がこんなに弱くちゃ、本当は駄目なのに」 楓は鼻を鳴らして、袖で涙を拭った。 「楓、寂しかったらいつでも家においでよ。家には、口の悪い奴もいるけど、八尋も、時々来る芽依さんも、親切にしてくれると思うから」 「本当?」 楓がうれしそうに顔を上げた時だった。突然、突風とともに、二つの黒い影が降り立つ。 「神守、下がって」 いつになく神妙な面持ちで、楓が椋太の前に出た。黒い影の正体は、二体の天狗だ。山伏の姿をしており、顔は赤く鼻が長い。鋭い鷹のような目で、二人をぎろりと睨んでいる。 楓よりも体躯は屈強で、羽が黒かった。何より、あまりいい感じはしない。 「この地は僕のなわばりだ。今すぐに出ていけ」 楓の言葉に、黒羽の天狗は嘲笑すると言う。 「この龍神の地を根城とする大天狗が死んだと聞いた。龍神も力を失っているらしいな。これより、この地は我々のなわばりとする。弱き天狗は立ち去るがよい」 「おとなしく退くならば、見逃してやろう」 二体の天狗は腰の太刀に手を掛けた。 「そんなことはさせない! ここは、僕と師匠がずっと守ってきた場所だ!」 楓は果敢にも立ち向かっていく。錫杖を持ち、天狗に向かって振るうが――。 「楓、あぶない‼」 二体の天狗は難なくかわし太刀を抜くと、空気を震わせ、それぞれに刃を振り下ろした。椋太は血も凍る光景に立ち尽くす。 楓の白い羽がばさりと切られ、鮮血が飛び散った。添えられた百合にも、容赦なく降り注ぐ。楓は声を上げることなく、がくりと地に膝をつく。切られた羽は塵となり霧散した。 「楓‼」 椋太が叫び、駆け寄った時だった。雨が辺り一面を煙らせた。 「く、この雨は」 「まさかお前、龍神の――」 大天狗二人が臆したようにうめく。椋太は放心している楓を隠すように抱きしめ、相手を見ないまま言った。 「去ってもらえますか。これ以上、楓を傷つけることはゆるさない」 「ち。今は退いてやる。だが、お前が龍神の眷属だというなら消さねばなるまい。覚悟するのだな」 一瞬で、天狗の気配が消える。腕の中で、楓が力を失ったのが分かった。 「楓⁉」 呼吸を確認する。ちゃんと息はある。血も止まっているようだ。心底安堵して、椋太は意識を失っている楓を連れてその場を後にした。  
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