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大天狗が去ると、楓は軽やかに地に降り立った。
「楓……一体何がどうなってるの」
結斗から解放された椋太は、すぐに駆け寄る。
「どうやら、大天狗になれたみたいだ」
楓は落ち着いていた。少し大人びたようにも見える。
「あの天狗たちは」
「また、烏に戻って一から修行しなおしだ。天狗になるまで、あと数百年はかかるかな」
そう言って、楓は無邪気に笑う。その顔はやはり、いつもの楓だった。
「神守のおかげだよ。君が、勇気をくれたんだ」
「あーあ、やっと終わったか。水浸しの部屋、片づけとけよ」
結斗はあくびをしながら部屋に戻っていく。
「あー、そうだった! 」
「僕も手伝うよ」
辺りには元の静寂が戻るのだった。
翌朝、椋太は水瀬神社の欅の下で楓を待っていた。朝の空気は特に清麗で気持ちがいい。
「椋太、お待たせ」
楓が黒い翼をはためかせ、目の前に降り立った。やっぱり、前よりも頼もしくなったように見える。
「手を出して」
椋太の手のひらには、翡翠色の石が収まっていた。
「これは」
「風の霊石だよ。大天狗になったから、作れるようになった」
手の平の石は、やがて溶けるように消えた。椋太の中に、風が廻っていく感覚がした。
「ありがとう、楓」
「うん。これで、龍神が目覚めるね」
楓からはもう、以前のような悲壮感は消えていた。
「さて、僕はそろそろ行かなきゃ。師匠のお墓を汚してしまったし、ちゃんときれいにしないと。――今度は師匠の代わりに僕がこの地を守っていくよ」
「楓。またいつでも会いにきて」
「うん。椋太の料理は美味しいからね! それじゃ――また」
楓は誇らしく笑うと、黒い双翼を翻した。風が舞い上がるかのごとく、楓はあっという間に見えなくなってしまった。陽光が眩しく、後を照らしていた。
椋太は社を見遣った。これで、必要な霊力は満たされたはずだ。
(もうすぐだ。もうすぐ、龍神に――)
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