八、龍神様

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辺りは薄青い場所へと変わった。水の波紋が光りに照らされ、そこかしこに反射し、とてもきれいだ。 足首は水に埋もれていた。ゆっくりと水の道を進んでいく。と、水の上に横たわる美女が目に映る。 「龍神……」 椋太がつぶやくと、光の花びらがきらきらと辺りに降り注いだ。水の上にも美しく積もっていく。 水が波打ち始める。徐々に激しさが増していき――波が光の花びらとともに火柱のごとく天高く伸び、龍神の姿を隠した。 波柱が飛び散る。雨のごとく降りしきる雫の中に人影が見えた。椋太は息をのむ。 緋色の着物をまとった美女が凛と立ち、椋太を見つめていた。紅を引いた薄い唇が形よく笑む。 「待ちわびたぞ。私の神守」 美女は笑みを絶やさぬまま、ゆっくりと椋太に近づく。 椋太の両頬に触れた手はとても冷たい。龍神の蒼い瞳が恍惚と、いとおしく細められる。 「会いたかった。――八尋」 椋太は目を見開き、そして理解する。 (ああ……そうだったのか) 龍神は、自分を見ていない。気づいて、いない。最初から、ずっと八尋を見ていたのだ。 「そなたがいなくなってから、私は怒りと悔しさに支配され、龍の姿となり空を駆け巡った。降り続いた雨は、大きな水流となり、多くの村人たちが死んだ。我に返った時には、もう、かつての村ではなくなっていたのだ。私は深い眠りにつくことで、己の力を封印したのだ」 そんな悲しいことがあったのか。胸が痛くなる。 「会いたかった。これからは、私とともに。もう、そなたと私を隔てるものは何もない」 八尋を求める白い腕を、椋太は避ける。 「どうした、八尋」 龍神の声音は、とても優しい。 「僕は、八尋さんではありません」 「何を言っておる。そなたは八尋。私が忘れるわけがない。そのまなざし、まぎれもなく――」 蒼い目が、いとおしそうに見つめる。八尋が一方的に龍神を想っていたのではない。二人は、愛し合っていたのだ――。 「僕は、八尋さんから神守を託されました。八尋さんはもう……いないんです」 龍神はふっと微笑む。 「そなたはちゃんと、ここにいるではないか。魂は、私を求めてさまよっていたのだろう?」 龍神の瞳は幻を見続けたままだ。どうしたら正気に戻せるだろう。 「さぁ今度こそ私とともに」 「行けません。僕は――」 「長い時の中で、思いが薄れてしまったのか。私はずっとそなたのことを待っていたのに」 龍神の目の中に、八尋との日々が映っていく。龍神の時は、いまだに止まったままなのだ。 「私はずっと……」 地に足が引っ張られた。一気に水の中に沈んでいく。龍神の手が椋太の手を握る。気持ちが勝手に流れ込んでくる。――相手を愛おしく想う気持ちが。 このまま、身を委ねてしまいたい。 『絶対に帰って来て』 この声は、誰だったか。 何もかもがどうでもよくなっていく。すべてが水の奥深くへ沈んでいく。 「八尋」 名が心地よく呼ばれる。 深く深く、静かで誰も来ることができない、もう戻ることができない場所へ。偽りの身のまま。 (……違う) 急に胸が熱を帯びる。これまでの記憶が一気に駆け巡っていく。――椋太は龍神の手を離した。 (僕は行けない。帰るんだ。あの場所へ。たとえ運命が変わらなくても。最後まで自分を生き抜く!) そう強く思った時だった。水が大きくうねりだし、一瞬ではじけた。
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