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まばたきの一瞬で――。
はっと気づくと、椋太は水瀬神社の境内にいた。虫の声が聞こえる。辺りは黄昏に染まっていて、心地よい風が吹いていた。
「椋太さん!」
背後で足音が止まる。椋太が振り向いた瞬間、芽依が胸に飛び込んできた。
「もう、遅いですよぉ!」
力いっぱい抱きつかれ、椋太はうめく。
「芽依さん、く、苦しい……」
「戻ってこないかと思ったんですから! あれから五日も経ってるんですよぉ!」
「……え、そんなに?」
「もう! 何のんきに驚いてるんですかぁ! 心配したんですから!」
「う……!」
さらにきつく締め付けられ、呼吸が止まる。
「椋太さんがいなくなってから、毎日ここで願ってたんです。早く、戻ってきてって」
「――うん、ちゃんと伝わっていたよ」
椋太は懐からお守りを取り出した。
「ありがとう」
椋太がにっこりと言うと、またも芽依が泣きながら抱きついた。
「……ごほん」
わざとらしい咳払いが聞こえた。結斗が気まずげに立っていた。
「帰るぞ。今夜は祝杯だ」
「私も参加します!」
「JKはジュースな」
「分かってますよぉ」
ちゃんと、戻ってきたのだ。自分の場所に。
「椋太さん! 早く行きますよ!」
今でも変わらない。この場所は、椋太にとって大切な場所だ。
けれど、長くは留まってはいられないかもしれない。ここは椋太が逃げてきた場所だ。人は変わっていくし、時間だって止まってくれない。
それでも、あともう少しだけは。ここにいてもいいだろうか。ここで生きてもいいだろうか。
風が頬を撫でていく。
芽依に腕を引かれつつ顧みた社は、晩夏の夕暮れを色濃く纏い、静かに悠然と佇んでいた。
【了】
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