八、龍神様

6/6
前へ
/75ページ
次へ
まばたきの一瞬で――。 はっと気づくと、椋太は水瀬神社の境内にいた。虫の声が聞こえる。辺りは黄昏に染まっていて、心地よい風が吹いていた。 「椋太さん!」 背後で足音が止まる。椋太が振り向いた瞬間、芽依が胸に飛び込んできた。 「もう、遅いですよぉ!」 力いっぱい抱きつかれ、椋太はうめく。 「芽依さん、く、苦しい……」 「戻ってこないかと思ったんですから! あれから五日も経ってるんですよぉ!」 「……え、そんなに?」 「もう! 何のんきに驚いてるんですかぁ! 心配したんですから!」 「う……!」 さらにきつく締め付けられ、呼吸が止まる。 「椋太さんがいなくなってから、毎日ここで願ってたんです。早く、戻ってきてって」 「――うん、ちゃんと伝わっていたよ」 椋太は懐からお守りを取り出した。 「ありがとう」 椋太がにっこりと言うと、またも芽依が泣きながら抱きついた。 「……ごほん」 わざとらしい咳払いが聞こえた。結斗が気まずげに立っていた。 「帰るぞ。今夜は祝杯だ」 「私も参加します!」 「JKはジュースな」 「分かってますよぉ」 ちゃんと、戻ってきたのだ。自分の場所に。 「椋太さん! 早く行きますよ!」 今でも変わらない。この場所は、椋太にとって大切な場所だ。 けれど、長くは留まってはいられないかもしれない。ここは椋太が逃げてきた場所だ。人は変わっていくし、時間だって止まってくれない。 それでも、あともう少しだけは。ここにいてもいいだろうか。ここで生きてもいいだろうか。 風が頬を撫でていく。 芽依に腕を引かれつつ顧みた社は、晩夏の夕暮れを色濃く纏い、静かに悠然と佇んでいた。 【了】
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!

49人が本棚に入れています
本棚に追加