需要が無いひと

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需要が無いひと

   私は虚弱体質だった。  生まれ付き、どういう訳かこうなっていた。  親を恨む訳ではないが、超健康的な家庭に生まれてしまった以上、誰の遺伝子でこうなったかは非常に知りたい。  常に疲労感が体を苛み、思ったように動けない。  学生の頃から休みがち。  登校だけで息が上がる。  体育なんてもっての他。  ズル休みだと指を指されて、先生からも叱られて、両親からも非難された。  原因は全く分からない。虚弱だとしか言いようが無い。  しかしこんなのは言い訳だ。  誰もまともに聞いてくれない。 「気合が足りない」 「思い込み」 「体力作りに取り組みなさい」  望んでこうなった訳じゃないのに、私の〝仮病〟は、永遠付いて回って来た。  社会人になっても、休みがちなのは変わらなかった。  体調を崩す事も多く、会社からの信頼は底をつく。 「これ以上欠勤が増えるようなら、うちではもう雇えないから」  私はなす術も無く、自主退社する。  それからは転職を繰り返した。  何処へ行っても〝体調不良〟は付きまとい、また退社、また退社。また、また。また。まだ。  まだまだ履歴書が終わらない。  私は孤立していった。  家族からも見限られ、実家暮らしが窮屈で、逃げ出したくて堪らなかった。  ウォーキングもやってみた。ジムにだって通ってみた。それでも全く続かない。息が上がって動悸がする。夏でもないのに意識が霞んでフラついて、ベンチで休んで一人で泣いた。  内科に行って、血液検査、胃カメラ、レントゲン、色々やった。けれど結果は健康、だった。少し貧血気味くらい。  産婦人科にも足を運んだ。そこでも血液検査をして、異常は無い。  サプリも栄養ドリンクも、複数試してみたのだが、効果は実感出来ずに終わる。  健康。普通。大丈夫。  そう言われるごとに病んだ私は、心療内科に足を運んだ。ストレスとか、目に見えないものが体を傷付けているのだと、それしか考えられないのだと、期待した。  しかし医者は、こう言ったのだ。  虚弱体質は、病名ではない。  だから私は〝健康〟らしい。 「不安があったり、眠れなかったり。動悸がするなら、お薬だったら出せますよ。サプリで補うという方法も──」  誰にも分かってもらえなかった。解決の糸口は消えてしまった。  社会からも孤立して、家庭からも孤立した、私という一人の人間は。何の生産性も無い、ただのお荷物と確定した。  血便でも、出たらいいのに。  脳梗塞でも起きればいいのに。  子宮が壊れてしまえばいいのに。  事故で体が欠けたらいいのに。  強盗にでも遭えばいいのに。  最低だ。私は最低な人間だ。 「働かなくてもいい理由。家に居てもいい理由。優しくしてもらえる理由。そんな付属品を探しては、自分をコーティングしようと目論む」  皆悩んでいるというのに。  好きで〝理由〟が付いた人なんて居ないのに。  自分だってそうなのに、不幸や不運を手に入れようとするなんて、どうしてこうも浅ましいのか。  ああ──駄目だ。 〝普通に〟働く事が出来ない。 〝普通に〟動く事が出来ない。 〝普通に〟誰かと居られない。  私という人間には、需要が無い。  私には、需要が無い。  私には、じゅようが。  需要が無い。  世の中に私は必要無い。  需要が無いのでいらないのだ。  寝たきりで過ごす休日も、世界から見たら砂漠の砂の一粒だ。  私にとっては地獄でも、空から見たらほんのゴミだ。塵芥だ。  生きている価値が、意味が、必要とされる事が、時が、場合が、場面が、私には一生来ないのだ。  今──これを読んでいる人が居たら、それは私が首を吊った証拠だろう。  遺書として、置いておく。  自殺です、と証明をする。  そして皆言うのだろう。  小さい声で、私に届かせる気の無かった声で、こう言うのだろう。 「◯◯さんの事、嫌いじゃなかったんだけどなぁ」  
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