推しカプを見守る土壁になりたいのであって、推しカプになるのは解釈違いです

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推しカプを見守る土壁になりたいのであって、推しカプになるのは解釈違いです

 十年。十年も耐え忍んできたんだ。いつかは公式がもうちょっと手厚くケアしてくれるって。公式カプなんだから、いつかはちょっとは日の目を見るだろうと信じてお布施をし続けていたんだ。  コミカライズでもノベライズでもアニメ化でも無視されて、ドラマCDではハブられて、ファンディスクではさらりと設定が追加されてボカされて。  挙句の果てにこの仕打ちはどういうことだ……!  納得できない、納得できないぃぃぃぃ……!  これが、私の前世での、最後の記憶だった。  十年。十年も経ってリメイクされるなんて……!  現在はリメイク、リバイバルブームとはいえど、乙女ゲームで完全リメイクはなかなかないんだよね。  SNSで情報をゲットしてからずっと浮かれていた私は、最新情報が掲載される予定の乙女ゲームの情報誌を買って、年甲斐もなくスキップしながら帰路についた。 『黄昏の刻』はキワモノ乙女ゲームメーカーとして有名な、ブラックサレナの初期作で、ダークなどんでん返しで悪名を馳せているメーカーの作品にしては、比較的真っ当なシナリオと恋愛の作品として、今でもコアなファン層を獲得しているゲームだ。  和風世界の皿科(さらしな)を舞台に、魑魅魍魎討伐をする巫女と守護者の正統派ファンタジーだ。  主人公の鈴鹿(すずか)の恋愛にどぎまぎしていたのはもちろんのこと、この乙女ゲームは脇カプもおいしかったのがたまらんかったのよねえ……。  鈴鹿の親友の紅葉(もみじ)と守護者のひとり、維茂(これもち)は許嫁同士で、鈴鹿たちが故郷を旅立ち、紅葉が皆の旅の安全を祈っている別れの部分の会話。それに加えて旅に出てからも、維茂は紅葉に手紙を出し続けたのがたまらなく一途でよかったんだあ……。  乙女ゲームのヒロイン以外の恋路はいらない、攻略対象がヒロイン以外と婚約しているのはどういうことだ、そもそも乙女ゲームのヒロインに個性はいらない、お前らの恋人が私だ乙女ゲームのヒロインでもモブでもないってタイプの人には、このふたりのカプの受けは今ひとつだった。でも私のような脇カプ好きにはこのふたりはおおいに受け、一部の界隈ではメインカプよりも人気を博した。  まあ、乙女ゲームのプレイヤーには過激派も多いせいか、公式からの供給は本当に微々たるものだった。それこそ同人誌即売会でのみ配られた無料配布の小説とか、乙女ゲームの情報誌に短期集中連載されたSSのうちの一話とか。  グッズ供給はない。公式のコミカライズでもノベライズでも触れられない。公式サイトのクリスマスや七夕、バレンタインデーでもハブられる。  主人公の関わるカプじゃないから、鈴鹿と維茂のカプを公式が推したいというのはわかるから。  私たち脇カプ好きは、この微々たる供給だけを必死でかき集めて、どうにかこうにか生き永らえてきたところでやってきたのが、『黄昏の刻』のリメイク版の発売情報だった。  アパートに辿り着き、オートロックを解除しながら、私はあたりをきょろきょろと見回した。今は誰も歩いていないことを確認してから、私はそっと情報誌をめくった。 『黄昏の刻』の最新情報、最新情報……。  目次を見てから、ペラペラとページをめくって、私は目的の記事を読んだ。 「……なにこれ?」  そこに載っていたのは、プロデューサーたちスタッフのインタビュー記事だった。 『今回はシナリオに大幅にメスを入れ、より没頭できる乙女ゲームを目指しました』 『追加キャラも四人ほど増えますよ。皆、鈴鹿の強さや優しさに憧れるんです』 『鈴鹿は乙女ゲームのヒロインとしてはあまりにも恋に憧れを持っていませんでしたから、そのあたりもメス入れしましたね。今回は、親友が許嫁いないせいで相談相手がいないので、完全に手探りな恋を堪能できるかと思います』  ……なにを言っているの?  私がぷるぷると震えていたら、インタビュアーもそこに突っ込みを入れていた。 『Q:一部のキャラは鈴鹿以外と婚約していたり、片思いされるイベントが発生していましたけど、そのあたりはリメイク版ではどうなりますか?  A:今回は鈴鹿以外に恋愛イベントは発生しません(笑)。前は鈴鹿に乙女ゲームの主人公というよりも、ヒーローとしての役割を強くしてしまいましたから、彼女は主人公であるのと同時に無垢な女の子なんだというのを強調しました』  お ま えぇぇぇぇ!  私は悲鳴を上げそうになったものの、ここがアパートの共通スペースなため、必死で我慢した。  鈴鹿はヒーローであるのと同時に乙女だっていうのがポイント高いんじゃないか! それをわざわざ恋愛脳にする必要はどこにあるっちゅうんじゃ! なによりも。  修正ペンで鈴鹿と攻略対象以外の恋愛イベント全削除ってなに考えとるんじゃ! 他のキャラを背景とか舞台装置とかイベント進めればアイテムくれるアイテム係にするんじゃない!  過激派ファンに媚びて、リメイク版を改悪するんじゃないぃぃぃぃ!!  私は怒り過ぎて、思わず情報誌を落としてしまったときに。  PP加工された表紙を間違って踏んづけてしまった。PP加工は当然ながら滑りやすく、そのまま私は階段を踏み外した。 「あ」  打ち所が悪かったら、死ぬ。  わかってはいたものの、それはあっという間過ぎて、なにもできなかった……受け身なんて高等技術、一般人は持ち合わせてはいない。  どうせ死んでしまうのなら、好きなこと考えて死のう。  それで私は、さんざん冒頭でリメイク版の不満を上げ連ねて、今に至るのだ。 ****  さて。私は痛む額を撫でながら、前世の記憶を思い返した。少し血が滲んで痛い。  子供たちが川で石切りをして遊んでいたところを通りかかったとき、この子たちの腕力を舐めきっていたために、川辺の反対側にいた私の頭にクリーンヒットしてしまったのだ。  子供たちの親は顔を真っ青にして子供たちの頭を無理やり下げさせながら謝っていたけれど、頭に別状はないから、これ以上あの子たちが怒られないといいんだけれど。  それで前世の記憶を取り戻してしまったのはいいとして。  ……現状に、ただひたすらに「解釈違い……」と物理的にも精神的にも頭を痛めていたのだった。  私が横たわっていたのは、御座を敷いた広々とした床の間だった。仕切りはカーテンのようにして(とばり)がかけられている。  着ているのは(うちぎ)……明らかに前世で来ていた洋服ではない。 「紅葉様! 先程小童たちに石をぶつけられたと! お加減よろしいですか!?」  帳越しに甘いバリトンの声をかけられ、私は自然とキュンとした。  帳越しに見えるのは、直垂(ひたたれ)を着て、長い髪をひとつにまとめた男性だった。背中には長い刀を()いている。  ……間違いない、『黄昏の刻』の攻略対象で、私が前世に死ぬ前に設定を大幅に修正されて激怒していた内のひとり、維茂だ。  そして私は、リメイク版で見事彼との婚約者設定をポイ捨てされてしまった、主人公の親友の紅葉に生まれ変わってしまっていたんだ。  前世よりも明らかに重たい髪を撫でながら、私は帳越しに答えた。 「あの子たちのことは許してあげてください。私の不注意がいけないんですから」 「しかし……」 「ところであなたも私の幼馴染じゃないですか。ふたりのときは、あまり堅苦しい口調をしないでくださいな」  私は一応そう言い添えてみる。  一瞬沈黙が流れたけれど、すぐに維茂は訴えてくる。 「いけません、紅葉様、あなたはこの里の頭領の娘で、私はあなたの護衛なのですから。立場はきちんとわきまえないと」 「……そう」  ……うん、やっぱり。  私はグジグジと痛むのは頭だけでなく胸もだということを思い知った。  間違いなく、ここは『黄昏の刻』の、しかもリメイク版の世界だ。ここだとこのふたりの婚約者設定が破棄されているのは知っていたけれど……まさか同じ里の顔見知りで実質幼馴染な設定まで破棄されて、主従関係を強調されているとは思わなかった。  おのれ、公式修正ペン。マジで許さん。なによりも。  私は推しカプを眺めて悦に入りたいだけで、推しカプになりたいなんてひと言たりとも言っていない!  解釈違いだ、やり直せ!  せめて生まれ変わらせるなら、推しカプを鑑賞できる土壁とかにしろよ……!!  誰に対して怒ればいいのかわからないけど、ひとまず責任者出てこいとキレずにはいられなかった。
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