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「ああ、そっかそっか。で、どんなものがたりが聞きたいのかな?」
「今ある心のもやもやを吹き飛ばすような話、ですかね」
「なるほど。どんなもやもやがあるの?」
「最近彼女に振られまして」
「ああ、わかる。わかるけど大学生なんか毎日どこかで振られてるよ」
李々葉がたいしたことのない、あってもなくてもいい助言をする。
「その辺の大学生と一緒にしないで下さい。浪人生のころから一緒に勉強をがんばってきた彼女です。お陰で二人とも第一志望に合格しましたし。大学はちょっと離れちゃったんですけど」
「ふんふん。で、その一緒に勉強をがんばってきた彼女がどうしたの」
「一ヶ月前くらいに距離を置きたいと言われまして」
「ああ……あるあるだね」
李々葉は特に驚く様子もない。
「あるあるなんですか?」
「あるあるだよ」
「距離を置きたいってなんすかね」
「遠回りの別れ話じゃない」
李々葉はさらっと答える。
「ですよね。じゃあ、別れようでよくないっすか?」
「まあ、ね」
「俺、よく意味わかってなくて、何で?って聞いても返事ないし、電話も出ないし、どうしたらいいかわからなくなって。俺は彼女のこと大好きなんですけど、いつまでこの状態でいたらいいんだってなって。同じ大学に共通の知人がいて、たまたま会ったときに、彼女と別れたんだねって言われまして。何で?って聞いたら新しい彼氏といるのを見たよって……」
「ああ……」
「あるあるすか?」
「あるあるだね」
雄大の顔から一気に血の気が引く。
「好きな人ができたならそう言えばいいじゃないですか」
「彼女なりの優しさじゃない?優しさをはき違えてるけど」
「……それでも本人の口から聞くまでは信じられなくて、家まで会いに行ったんです。ちゃんとメッセージは入れてからですけど。来ないでって言われたので、彼氏がいるから?って尋ねたらまたしばらく返事なくて。そのまま家に行きました。着いたってメッセージしたら、慌てて出てきて外で話しました。ごめんって言われましたね。それなら最初から別れようでよくないっすか?」
「そうだねぇ。言いづらかったんだろうね」
雄大に納得している様子は見受けられない。
「どうしたんだろう、何かあったのかなってずっと心配してた自分が馬鹿らしくて、その間も彼女は新しい彼氏と楽しい毎日を送っていたと思うと、俺のこの一ヶ月かそれ以上悶々としていた日々は何だったのかと。でもやっぱり彼女が好きで、憎めなくて……っていうこのもやもやをどうにかして下さい」
ガタガタっと李々葉は椅子から立ち上がる。
「そのもやもや、か!」
「そうです、そのもやもやです。時間を返してほしい。彼女が新しい彼氏と楽しく過ごしていた時間分、悩んでいた時間を……」
「なるほどなるほど。じゃあ、こんなものがたりはどうかな?」
李々葉はもう一度パイプ椅子に深く座り直した。
「今は昔、東城国というところに、 明頸演現王という王様がいました」
「それ、日本の話ですか?」
「いや、違うと思う。中国かインドかどっかじゃない?」
「今昔物語集ですかね」
「わかるの?」
「今は昔、で始まってるからそうかなと」
「あー、そうだね。そういうこと。今昔物語集の巻五第二十二話です」
「ゆっても一つも話は知りませんけどね」
李々葉はにっこりと微笑んだ。
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