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〈ものがたり屋、はじめました!〉
ある部室の前で怪しげな看板を見つけてしまい、ふと足を止める。
〈あなたの今の心境に合ったものがたりを、その場で語り聞かせます!〉
文字列だけをとらえると、どう見ても頭のおかしな宗教団体か、何かのボランティアを装ったマルチ商法だとかネズミ講の類いだと思ったが、幸いといったらいいのか、不運といったらいいのか、今の鈴木雄大は藁にもすがりたい気分だった。
部室棟に変な団体が入っているはずもないだろうと自分自身に言い聞かせて、興味本意で厚くて重そうな部室の扉を叩く。低くて鈍い音がこもったように反響して足元に絡みついた。
反応がないのでもう一度ノックすると、ガチャっという音とともに扉が開き、その後すぐに黄泉の世界から届く悪魔の叫び声みたいな音がギィーッと喉を衝いて寒気がした。
「きゃー、久しぶりのお客さん!いらっしゃーい」
一瞬にして寒気が消し飛び、出てきたのは妙にかん高い声の女性だった。
「ささ、どうぞどうぞ~」
ためらいなく部屋の中へと誘おうとするので、雄大は怪訝な顔をする。
「あの……」
「はい?」
「ここって」
「看板見なかった?ものがたり屋サークルでぇーす」
「はぁ……」
「ものがたり聞きに来たんじゃないの?」
「まあ、そうですけど」
「じゃあ、どうぞどうぞ~。詳細は中でね!」
女性の後ろ姿のシルエットは細く、雄大より身長は高かった。少し彼女を見上げる程度の雄大は百六十三センチで、彼女の身長を素早く換算する。視線の高さはそう変わらないが、少し見上げる程度となるとあっても百七十センチくらい。ざっと見積もって百六十八センチといったところか。
中に入ると非常にシンプルで、長机が二つ、パイプ椅子が数席、マンガや文庫本のたくさん入ったカラーボックスと本棚があった。BGMにはアニソンかボカロのような曲が申し訳程度に流れている。机の上には読みかけらしき小説が、今投げ出されたように無造作に置かれていた。
見ると女性の他にもう一人男性がいて、長い足をゆったりと組み優雅に座っていた。パイプ椅子に座っているはずなのに玉座に座っているような気品がある。
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