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1, 紅月の森
「ふぅ……」
テラスにある椅子に腰掛け、優雅な一時を過ごす。
お気に入りのアールグレイを飲み干し、朝刊を待つ。
朝日がぼんやりと昇り始めた頃、空からやって来たのは、一匹の蝙蝠。
僕の屋敷の扉の前に降りて、うるさく喚き散らす。
「キキーッ! 朝刊を届けに参りました! 蝙蝠新聞です!」
「蝙蝠さん、こっちこっち。」
僕は蝙蝠を手招きして、テラスの方へと呼び寄せた。
「今日の朝刊です! 毎度ありがとうございます!!」
(今日の配達蝙蝠はうるさいなあ。)
僕は配達蝙蝠からサッと新聞を受け取る。
バサバサと音を立てて、蝙蝠は空へと戻って行った。
僕はティーポットからおかわりを注ぎ、新聞を開く。
("昨夜も紅月の森では、自殺者が多数" ……か。そうか、昨夜は紅月の日だったな。)
月に一度、紅月の森にのみ現れる不思議な紅月。
その美しい月に魅せられた者は、自ら命を絶つ。
その噂通り、紅月の日になれば、紅月の森からは自殺者があとを絶えない。
(その噂も本当かどうか……。僕は紅月を見ても死なないけど。)
僕はクラルテ。紅茶を主食とする吸血鬼。
そしてここは、罪人や追放者が送られる言わば"監獄"の様なものだ。
裁判によって懲役を決められるものの、1ヶ月以内に自殺するのだから、紅月の森行きを命じられた者は死を覚悟しなければならない。
(僕は死にたくてこの森に来たのに、死ねないなんて更なる絶望だ。)
母も父も目の前で殺され、好きだった幼馴染も紅月の森に送られた。
生きる希望なんて何も無い。
何度も死のうとしたが、死ぬ寸前で意識がなくなり、目覚めるとベッドの上にいるのだ。
(あの子は……今、生きているのだろうか……。)
「クラルテ様! 新聞が届いたのなら言ってください!」
「ん……ああ、ごめん。」
「全くもうっ!」
コイツは僕の執事のエスポワール。僕が紅月の森送りにされた時、一緒に来てくれた。
エスポワールの背中を見て、僕は呟いた。
「お前って本当に蝙蝠に似てるよな……。」
………………
………………
………………
「な ん で す っ て ?」
(あっ、やば。声に出てた……。)
お互いに時間が止まったままの状態で数秒の沈黙が続き、エスポワールがゆっくりと振り返った。
「長年仕えてきたと言うのにクラルテ様まで見分けがつかなくなったのですか!? 私は蝙蝠じゃありません! 蝙蝠と烏のハーフ、蝠烏でございます!!」
エスポワールにとって『蝙蝠』と呼ばれるのは地雷らしい。
いやでもどっちかって言ったら見た目は蝙蝠でしかない。
「ッ!!!!!」
僕は慌てて肩を押さえる。
(また……刻印がうずく……。)
この森に送られる者には必ず、"追放者の証"が体のどこかに施される。
今では全て焼印だか、昔は刻印だった。僕は何時間もかけて体を彫られたのだ。
死ぬよりも苦痛だった。
「ふぅ……」
痛みが治まり、額には汗が滲む。
(今日もまた、退屈な日々が始まるのか……。)
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