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2, 優雅な一日
「ん……。あー。」
ベットから起き上がった。手首が少し痛む。俺は綺麗に治っている手首を見つめる。
(今日は手首を切ったのか。)
僕は一度死ぬと、10分から一時間程度の間すぐ前の記憶がなくなる。そして次に目覚める時は決まってベットの上。
何度やろうが死ねないのは一緒。紅月なら死ねると期待していたものの、噂は嘘なのか本当なのか、僕以外の人はみんな死ぬ。
いい加減この行為も諦め時なのかもしれない。外を見れば今は昼。僕は朝のことを思い出す。
(朝は確か……そうだ、うるさい蝙蝠が来たんだ。それでエスポワールが怒って……。そこまでしか覚えてないな。)
まあいいか。と、楽観的に捉え、僕はキッチンへと足を向ける。
朝はまあまあ苦味のあるアールグレイを飲んだから、昼は甘みの強いアッサムにしよう。と決め、棚の奥からアッサムの茶葉が入った袋を取り出す。
水を火にかけて、沸騰するまで待つ。
その間に、食器棚からはティーカップとティーポットをひとつずつ。
まずはお湯をティーポットに少量注ぐ。
ポットを温めるためだ。温めると香りや美味しさが増す。
ポットが十分温まったら、カップに注いで、ポットと同様に、カップを温める。
そして次に茶葉を入れる。まあ飲むのは僕一人だし、大体目分量のティースプーン山盛り二杯くらい。
何杯かはポットや茶葉の大きさにもよるけど。
(お。沸騰したかな。)
紅茶には沸騰したての熱湯を使うのが一番。
熱湯をポットに注ぐ。透明なポットだと分かりやすいが、茶葉が上に行ったり下に行ったりする。
これは熱湯に酸素が沢山含まれていた証拠だ。沸騰したての熱湯を使うと、こういう現象が起きる。
これを「ジャンピング」と呼ぶ。
(はっ。一人なのについ説明口調に……。)
そしてそのジャンピングが確認できたら、ポットを蒸らす為に、布か何かを被せる。
ティーコジーと呼ばれるミトンの様な厚い布を被せると良い。
そしてここからぴったり一分測る。
────────────────────
サラサラサラ
「…………」
サラサラサラ
「…………」
サラサラサラ
「……よし。」
サラサラサラ……
静寂の中に微かに聞こえる砂の音を頼りに、砂時計が止まったことを確認する。
そしてポットに被せておいたティーコジーを外す。
ここで先程まで温めておいたカップのお湯を捨てる。
そしてここが大切。すぐに茶こしに入れたらダメだ。
ポットの中をティーポットで軽くひとかきする。こうすることで、沈んでいた茶葉が混ざり、味が均一に保たれる。
そうしたら茶こしを通してカップに注ぐ。二つカップがある場合は、片方ずつ二回くらいに分けて均等に入れる。
そうすると味の濃度に差が出なくなるのだ。まあ、今日は僕一人だし、(まあいつも一人だけど)注ぐカップは一つしかないので、これで完成だ。
「よし。いい香りだ。」
すぐ目の前にある椅子に座り、紅茶を楽しむ。テーブルには、今朝の新聞が置いてあった。
(今朝は表紙面だけしか見てなかったな。中も見よう。)
パラパラと捲ってみるが、書いてあることは大体いつもと変わらなかった。
罪人が紅月の森に送られるとか、〇〇スポーツが勝ったとか負けたとか。
まあ僕は最初から新聞の内容には関係なければ興味もない。
暇つぶしに読むとかその程度。
(この前の小説の続きでも読むか。)
僕は近くの本棚から一冊取り出して、栞の挟まっている部分からぺらっと捲った。
この本は、まあまあ分厚めで、少女が突然絵の世界に迷い込んで、その絵の試練を乗り越えるという物語。絵は七つあるのだが、今はその最後の絵に突入するところだ。
「ここからか。」
紅茶を飲みながら、本を汚さないようにしてゆっくり読む。
「……ふうん。」
夢中でページをめくっていれば、時間は過ぎてゆき、読み終わる頃にはもう日暮れ。
暇つぶしに丁度良い。
「ふぁぁぁあ。クラルテ様。おはようございます。」
「寝てたの? もう夕方だけど。」
「はっ! すみません! つい太陽の光が暖かくて……。」
「別に怒ってないよ笑」
「夕食どうします?」
「もう飲んじゃったし、いいや。」
「たまにはベーコンエッグ作りますけど?」
「あー。」
僕の主食は紅茶だから、ほぼ毎日紅茶しか飲まない。
するとたまには違うものが食べたいと胃が叫ぶ。
「じゃあ、お願いしようかな。」
「かしこまりました。お待ちください。」
(蝙蝠なのに器用だなあ。)
「蝙蝠じゃありません。」
「心読めるの!?」
こうして、僕の一日は過ぎ去る。そしてまた、新しい一日が始まるのだ。
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