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エピローグ~魔王が滅んだその後で~
『拝啓
パトリオール 執政官 殿
先日提出した報告書について、何度もしつこく取り調べいただきまして、どうも有り難う存じます。
貴殿が一勇者の進退ごときにかくも関心を示されるとは、誠に誤算でありました。
しかし、貴殿が、勇者の友人というだけで私の職を斡旋くださったことや、以前より勇者を匿い便宜を図り続けられたことを考えるならば、私が浅はかであったと反省しております。
そして、これらの事実を恃みとしまして、ここにもう1つの事実を打ち明けることを決意した次第でございます。
結論から申しますれば、貴殿の推察通り、勇者はどこかで生きているはずです。
どこでかは、残念ながら把握しておりません。できましたら貴殿のお力をもって探しだし、あの憐れな娘に尚一層の便宜を図っていただきたいと、切に願います。
さて、あの日、私が見た、奇跡としか言い様のない光景についてお話しましょう。
あの報告書で、処刑後に娘が自殺を図ったことまでは、事実です。
娘は聖剣で頸動脈を突き、倒れ付しました。その時です。
もはや輪郭はほぼ崩れて、黒いモヤのようでしかなかった元・魔王が、娘の周りに集まったのです。
…… その時に私が心配したのは、このまま魔王が復活してしまったら、どう対処しようか、というようなことだったのですが、それはともかく。
元・魔王であったモヤモヤは、娘の傷口に入り込み、傷口を完璧に塞いでしまいました。
首の傷は、躊躇なく思い切り突き刺した為に、随分と深いように見えたのですが…… それが、見る間に血が止まり、肉が盛り上がり、新しい皮が張って…… つまりは、完治してしまったのです。
元・魔王の魂のなせる技なのでしょうか。それとも、何らかの魔力のようなものが、あのモヤモヤに残っていたのでしょうか。どちらにしても、不思議なことです。
ともかくも、全て終わった後には魔王の姿は完全に消え失せ、スヤスヤ眠る元・勇者のみが残されておりました。
それならば、普通に 『処刑終了』 と報告すれば良い、と思われることでしょう。しかし、問題がひとつありました。
お察しの通り、私は、彼女にすっかり同情してしまっているのです。
(もともと私が撒いた種、ということもありますが。)
翌朝、目覚めた彼女が 「もう勇者ではいたくない」 と願えば、協力してやるしかないではありませんか?
かくして、私は 『勇者もまた消えた』 と報告するしか無かったというわけなのです。
貴殿を見込んでお願い申し上げます。
私はいかように処罰下さっても構いませんが、どうか、勇者がまだ生存していることだけは、誰にも言ってくださいませんように。
聖剣は未だ彼女の元にありますが、そちらはご心配要らぬことでしょう。
古い記録を紐解けば、聖剣は気に入った人間の元には長く留まることもあるのだとか、しかし、それもこの後、彼女が生涯を終えるまでのことでございます。
きっと、また何十年もの後には、しれっと宝物庫に舞い戻っていることでしょう。
…… その頃には、魔王もまた、この世に蘇っているやもしれませぬが……
敬具
司法局刑務課 世話係
エルヴィン 』
私は手紙を読み返し、冒頭の 『何度もしつこく』 は言い過ぎか、としばらく迷ったが、しかし本当のことであるのでそのままにして封筒に入れ、配送係に渡すために部屋を出た。
うららかな午後である。のんびり歩いていると、厨房の方から菓子を焼く匂いが流れてきて、クリスタを思い出させる。
彼女も、今頃、秋の日差しの射し込む部屋で、菓子を焼いているかもしれない。そうであれば、いい。
…… 実は、手紙にも書けなかったことが、ひとつ。
もしかしたら、彼女の生命が救われたあの瞬間に、元・魔王の一部は、彼女と同化し、クリスタとして生まれ変わったのではないだろうか。
そして今も、彼女と共にいて、彼女を守っているのではないだろうか。
だからクリスタはきっと、世界のどこにいても、もう、ひとりぼっちではないはずだ……。
こんな甘っちょろい夢想を自身がする日がくるとは思わなかったが、遠くに離れている彼女のことを考える時、そうであって欲しい、と願わずにはいられない。
祈りを込めて見上げる空は、どこまでも、青く青く、澄んでいる。
(終)
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