其の後

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料理係は、心底淋しかった。 美鶴は同い年で、自分よりも年上の者ばかりの一ノ社で初めて出来た友人だった。一応社一族である筈なのに、気さくで、優しくて、彼と居るのは、本当に楽しかった。彼のお陰で、他の使用人達とも打ち解ける事が出来、彼がいなくなっても、話し相手がいない訳ではない。だが、矢張、美鶴がいないのは、淋しかった。 若しかしたら、二人は、駆け落ちをしたのかもしれない、と彼は考えていた。 琢美は、わかりやすく美鶴を溺愛していたから、きっと、国の長の令嬢と結婚して、美鶴と離れるのが嫌だったのだ。美鶴が琢美の事をどう思っていたのかは、正直掴めない。でも、美鶴は、琢美の事を敬遠する彼に、琢美がいかに優しく穏やかな人物かを、良く話してくれた。憎からず、思っていたのではないか。だったら、此れは、二人にとって、幸せな事なのかもしれない。 然し、彼は矢張、少し淋しいと感じていた。 美鶴と琢美がいなくなって、一年程が過ぎた頃。料理係は暇を貰い、田舎に戻る事になった。 彼は、遠く離れた田舎から、一ノ社に出稼ぎに来ていた。然し、母が体調を崩したという事で、面倒をみる為、戻って来たのだ。決して裕福でなく、学校にも通えない身だが、美鶴が教えてくれたので、少し文字と計算を覚えた。もっと、美鶴と沢山話をして、いろいろな事を知りたかった。勉学もそうだが、美鶴の事も、全然知らないままだったな、と会えなくなってから気付いた。 田舎に戻ると、近所に新たな住人が住んでいた。二人連れの男で、一緒に旅をしながら暮らしているという。今、田舎は台風が過ぎ去ったばかりで、いろいろな処が壊れたり弱っていたりしており、其れを率先して直してくれているらしい。一人は、酷く社交的で穏やかであり、既に此処に溶け込んでいるという。もう一人は、にこやかな顔をしているが無口で、然し、同居人には酷く懐いている様子だという。 彼は、礼を言おうと、二人の住み処へと向かった。扉を叩くと、少し長めの黒い髪と、黒い目を持つ、何処にでも居そうな風貌の若い男が、出迎えてくれた。 名を名乗り、礼を伝えると、彼は、ふんわりと笑った。そして、暫く此処に住むから、宜しく頼むと言われた。奥の方では、茶色の髪と目を持つにこやかな顔をした男が、此方をじっと見ている。 彼は、何だか嬉しくなった。良くわからないが、彼らとは、仲良くなれるような気がしていた。
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