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火の爆ぜる音がする。呼吸をすると、熱せられた空気が肺まで流れ込み、身体の中から焼かれているように熱い。
男は朦朧とする意識の中、瞼をゆっくりと開けた。
紅く小さな火の粉が舞う。
それは蛍の光を彷彿とさせて、思わず見惚れてしまう。と、同時に絶望もした。
燃え盛る炎が辺りを囲い、さらにその触手を男へ伸ばそうとしていた。
男は死を意識した。
ふと、目の前に転がる携帯電話に気づいた。男は最後の力を振り絞り、携帯電話を引き寄せた。片手で電話帳を操作し、目的の名前を探す。
『大道』
その名前に行き当たり、迷わず発信ボタンを押した。
ほどなく呼び出し音が鳴る。
──一回。
──二回。
男にはとても長い時間に感じた。
数回のそれのあと、電話はようやく繋がった。
「私だ」
間髪入れずに男は名乗った。
「……教授。どうしました?」
眠そうな若い男の声が、怪訝そうに問い返した。
当然のことである。時刻は午前一時を過ぎていた。
「すまない、大道くん」
「いきなり、なんですか?」
大道と呼ばれた相手は突然の謝罪に困惑したようだった。
「あれは、失敗だった」
構わず男は告げた。
「あれ?」
電話の相手は意味がわからず問い返した。
「……私の全てだよ」
その言葉に、電話の向こう側で息を呑むのがわかった。
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