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すまなかった、と男は詫びた。目には涙が浮かんでいた。
「──ちょっと待ってください。失敗って、どういうことですか?」
電話の相手が尋ねた。しかし、それに答えることなく、男は一方的に話を続ける。
「資料は耐火金庫に保管してあるから大丈夫だとは思うが……」
ゴホゴホと咳き込む。
「……教授? 大丈夫ですか?」
気遣わしげに相手が尋ねた。
「サンプルは、どうかな……。助からないかもしれないな」
そう言って、またゴホゴホと咳き込んだ。
「教授っ。一体、何があったんですか?」
少しの沈黙のあと、男が答えた。
「──ちょっと、ヘマをやらかしたようだ。……研究室が燃えている」
「燃えているって……。大丈夫なんですか? 早く避難してくださいっ」
「ああ、そうしたい、ところ、なんだが……。動けないんだ」
息が苦しい。話をするのもやっとだ。
「動けない?」
「爆風で、吹き飛んだ、ロッカーが、……身体の、上に乗っかって」
駄目みたいだ、と男は渇いた笑い声を上げた。
「それなら、僕が今すぐ行きますっ」
電話の相手が息巻いた。
しかし、いいよ、と男は言った。もう、いいよ、と。
「……それより、由佳のこと、よろしく、頼む……」
そこまで言って、男は意識を失った。電話の向こうでは、教授、と必死に呼びかける声が虚しく響いた。
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