今宵の月は

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 由佳はキッチンでコーヒーを淹れていた。甘い独特の香りが鼻をくすぐり、もやもやとした眠気が一気に吹き飛ぶ。 「出かけるの?」  糸原に気づき、由佳が尋ねる。 「ああ。笹本部長に大事があったらしい」 「笹本さんに?」  由佳は怪訝そうに眉をひそめた。  どうやら、彼女も患者の容態が悪化しての電話だと思っていたようだ。  しかし、それ以上は何かを尋ねることはなく、そう、とうなずいて、元の作業に戻る。淹れ終わったコーヒーを慣れた手つきでマグボトルへと移していた。  糸原は寝室に戻り、クローゼットの中から適当にTシャツとジーンズを取り出した。それらに着替え、薄手のパーカーを羽織る。その間に、由佳はリュックの中へと財布やスマートフォン等の小物を詰め込み、着替え終わった糸原にマグボトルと一緒に手渡した。 「ありがとう」と礼を述べ、慌ただしく玄関へと向かう。  由佳も糸原に倣い、玄関についてきた。 「なるべく早く帰るようにはするけど、いつも通り診察もあるし、戻りは夕方になると思う」
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