4 秘密の隠れ里

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4 秘密の隠れ里

色変幻の魔力を持つものは幾度かの迫害にあい、国を追われ山深く分け入り、小さな里に散らばった。 ロファの里は山深くではあるが、 山を降りれば接した国境の向こうが、豊なミサキ国であるため、里長の一族や親類たちの周りはものも豊かに揃って暮らしぶりは一見地方の大きな街にも劣らない。 しかし閉鎖的でよそ者を排除する雰囲気は今を持っても変わっていなかった。 久方ぶりのロファの帰還を祝うため用意された宴で、ロファは傍らにおいていたロキナがウトウトし始めたのを感じ、自分の側に薄い肩を抱き寄せた。 山の奥の夜は冷える。赤赤とした薪の炎に照らされた寝顔は幸せそうな笑みを浮かべ、微睡んている。 宿の近くの古着屋で慌てて揃えた服だったが、染めていない生糸の飾らない服を着たロキナは、まるで月の精霊が地上へ遊びに来ているように見えた。 男ばかりの宴の席はお開きも近くなり、里長である父やそれぞれの家の家長など年かさのものばかりが残って静かに酒を酌み交わしていた。 その時、廊下の方から賑やかな話し声と、足音がこちらに向かってきた。 部屋の入り口に垂らされた五色刺繍の入った布が揺れて、鋼のように鍛えられた身体を持つ若者が入ってきた。 赤銅色の髪につり上がった鳶色の瞳の大きな目尻には赤い紅がさされている。 国境の街から戻った若者たちから分かれて宴の末席に加わったのは、顔も性格も似ていない、ロファの異母兄弟のギルだった。 「兄貴、久しぶりだな」 足早に歩いてきて、遠い上座にいる里長に手短に挨拶すると、ロファ隣の、凝った手刺繍で民に伝わる吉祥文様が刺された、丸い座布にあぐらをかいて座った。 そして眠るロキナに早速目を付け、顎を掴み、うつむいていた顔を明かりの方に向けさせた。 むずがるように眉を寄せ、煙るように白い濃いまつげの奥の瞳が、薄っすら開く。 「これは、宝玉みたいに綺麗な子だな。 気に入った。俺に色入れさせてくれよ」 あけすけな弟の物言いに、ロファは思い切り手をはたき落とした。 「里のものか確証なく、大した力のない者がここにいる必要はないと里長もお考えだ。 俺が引き取り国に連れてかえる」 するとあからさまに兄にくってかかる。 「なんだよ。兄貴にはミレイもいるだろ。 俺だって青が使えたらミレイは、俺のものだったのに」 ロファが赤青以外の色を持っていたミレイの伴侶に選ばれたのはそれが理由だった。 伴侶と交われば、受けいれる相手に色が差される。子は腹の中で母親と交わるため、その色が伝承していく。 この、年の離れた弟は赤の力はもつが、青は持たない。しかし真に愛した女が同色の赤でもわざわざ産ませたのがこの弟で、青を持つ子が欲しくて人妻を寝取るようにして産ませたのがロファだった。 結局自分の力を誇示するために産ませた息子は、ただの道具でしかなく、 愛する女との子は一色でも可愛がる。 年も色の順位もはねのけて高慢な男に弟は育った。 広い世界を知ったロファにはこの里のすべてが愚かに映る。 「この絹糸みたいな髪。見たこともない。 彩変の瞳を持つ男で、これほど美しいなら、里の男がみなフイゴにしたがるぞ」 早耳な弟の周りにはここで話したばかりの話を伝える者がいたようだ。 この里の陰鬱な狭さに、ロファは帰ってきたばかりでもう嫌気が差した。 懲りずにロキナの手の甲から指先になめとるように唇をはわした。再び眠りについていたロキナの口元に小さな吐息がもれる。 「男に弄ばれていたのを救い出してきたのに、そんな扱い許すわけがないだろう」 「まあいい、里長の命令は絶対だからな。 ……今はまだ許さなくても俺が長になったときには俺の思う通りにするさ。兄貴のところの息子と俺の娘を娶せる。里長の命令は絶対だろ?」 自分があとを継がぬと捨てた、このちっぽけな世界の王様を気取る弟が、心の底から哀れに思えた。 その晩は誰にも害されないように、ほっそりしたロキナの身体を抱きしめて眠った。 目を覚ましたロキナは男の腕の中、息苦しさと暑さで茹で蛸のような真っ赤な顔をして目を覚ますことになった。 しかしなんだか満たされた気分で嬉しそうにはにかんで、また起きぬロファの胸元に戻っていった。 朝、大勢いる家族と朝餉を食べているときも、その後母親たちに挨拶に行くときも、ギルはやたらとロキナにちょっかいを出しに来た。ロキナはロファとはまるで似ていない男の猛禽類のような目が本能的におそろしくて、ロファのそばを片時も離れなかった。 ロファは自分のものをいつも欲しがる弟の執心からロキナを守るため、また父の心変わりを恐れて、長居は無用と日が天頂につく頃には里を立つことにした。 経つ前最後にロキナの母かもしれないものの親類に会いに行ったが、 正直ロキナには、良い思い出とは言えないものになった。 母親の親類だという女は里の外れの方にある、お世辞にも綺麗ではない小屋に住んでいた。 訪ねて行ったロキナと赤の里長の長兄であるロファをみてとても驚いて畑を耕していた手を止めた。 女は家に二人を招き入れると、桑の葉でできたお茶を入れて勧めてきた。 その浅黒く日に焼けた右手の薬指に緑色の入れ墨のようなものが施されていた。 「色刺が珍しいかい」 ロキナの視線に気がついた女がいう。  「これは色刺といって、女性が自分の使える色変幻魔法の色を成人したら入れるものだ。入れ墨と違って自分の力を相手に教える為に自分でいれるものだ」   女は誇るように指先をロキナの顔の前に翳した。 「昔はこれがない娘は結婚が出来なかったが、まぁ今は力のないものは山を降りたり国境を越えたりして、里をでる。色変幻を使えないものはここでは価値がない」 「力があるから幸せとも限らんぞ」 「それは赤の長兄様が恵まれてらっしゃるからそんなことも言えるんですよ。 ところでこの綺麗な子はあなたの子ですか」 ロファと血のつながりがなければよそ者とら口すらきかない気なのだろう。 ロキナを見る目はまるで笑っていない。 「お前の姪にネリというものがいただろう。紫の女だったという」 ネリの名を聞いて女は怯えたような顔をした。 「ネ、ネリは勝手にでていったんだから私は関係ない!」 「別にお前を責めるために来たわけではない この子がネリの忘れ形見かもしれないから 話を聞きに来たのだ。 俺は正直、昔、紫の力を使うものがいたが、子を連れて逃げたという噂以外は何も知らん」 「ふーん。ネリの子ね?」 女は自分が優位に立つと見たらすぐ、話をしぶり始めた。ロファが薄い紙に来るんだミサキ国の紙幣を差し出すと 唇を吊り上げて笑い、話しだした。 「ネリは私の異母姉妹の子だよ。 色なしだったから、この里を嫌ってネリを押し付けてでていったよ。 ネリは赤が出せてその後青も出せて、ちょっと紫もだせたから、青の家のどっかが引き取るだ、何だかんだいってるうちに、黄の三の家が連れてきた色変幻の研究してるとかいう学者とできちまって。 子が生まれて女だったら緑の次兄の息子の妻にさせようとか話してたのに生まれたのは男の赤ん坊で」 金を握られたら途端にペラペラ喋りだした女にロキナはなんて早口なのだろうと目を丸くした。 「男の赤ん坊だったんだな」 「さあまあ、たぶん。男だったとは聞いたけどみてない。子を産んで1年の経って、緑の次兄の子を孕ませようって話になったのに赤ん坊つれて逃げ出したから。 あの頃ここの里を開こうって街に出るのを手引したり、他の里とこに行こうとするのがまあ流行ったんだよ。多分学者に会いに行ったのかも知れないね。どうせ捨てられただろうに」 気を塞ぐような話でばかりで聞いたことを後悔し、女を睨みつけたロファの顔を見て、女はあざけていった。 「あんただって、里長の大叔父が後押ししなきゃ外にでて学ぶなんてことはできなかっただろ。」 結局ネリがロキナの母である確証は持てないままであった。 最後にロファが、ネリとロキナが似ているかを問うた。 「ネリは、醜女ではないが多色な以外はまあそれなりだったよ、こんなゾクッとするほど綺麗な子ではなかった。でもまあ、言われてみると学者の男は色男で目の色はこんなだったような気もするけど、忘れちまったよ」 来たときと違い霧が晴れ、里の入り口から見下ろした坂は長々と蛇の背のように続いているのが眼下に見える。 途中からは道がなく滴るような濃い緑の山肌だけが一面を覆い、この里を隠していた。 山に分け入ってきたときはロファについて歩くのも本当に大変だったが、今は少しでも早くあの緑の中に身を投じたかった。 この山里はあの宿とは違う恐ろしさが巣食っている。 「兄さま」 風音にかき消されるようにして細い女の声が二人の耳に届き、後ろを振り向く。 ガサガサと木が揺れ大風が吹き、雨の気配を感じさせる冷たい風のせいで身体がぶるりと震えた。 見上げるとロファが怖い顔をして、若い女をみおろしていた。  あれは確かロファのすぐ下の妹だったはずだ。 しかしロファは大切な妹を見るような顔をしていない。 ラファによく似た妹の若草色の瞳がとろりとした艶を湛えて潤む。 目ざとくみつめた指には赤と緑の色刺があった。 「兄さま。お元気で。いつでもまた帰ってきてください」 「……お前も息災で。雨が降る。先を急ごう」 ロファはロキナのフードをかぶせ、肩を抱いて先を促した。  兄さま、抱いてください。 青を色入れするために母親は違うが血を分けた妹を抱けと父から命じられたことが、この里飛び出す決定打となった。 父の命令とはいえ、日頃淑やかでおとなしい妹が疑問を持たずに甘い声で兄に請うのももはや受け入れがたかった。 そして妹の瞳はたしかにあのとき花のような薄紅で染まっていたのだ…… その瞳に囚われかけた自分が恐ろしくなった。 「ロファ、痛いです」 早く妹の視界から去りたくて、ロキナの手首を掴むと坂を駆け下りてしまった。坂のふもとまで来て獣道に差し掛かる頃ようやくロファが足を止めた。 「すまない」 その顔が本当に辛そうだったので、ロキナはロファに寄り添って胴に腕を回して抱きついた。 「もうあそこには二度と戻らなければよいのです」 顔を上げきっぱりと言い切ったロキナの強さに救われた心地になった。
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