6 過去からの翳り

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6 過去からの翳り

時の人となった淡い檸檬色のドレス姿のミレイは、子どもを持っているとは思えぬほどの初々しい美しさで、各国の名だたる招待客と挨拶を交わしていた。 今回ミレイが描いた絵はこの世界の成り立ちの伝説を描いたものだ。 王城の中でも一般人や観光客も入ることが できる建物がある。その中の3階まで吹き抜けになっている壁、2階に行く階段の踊り場から3階の天井近くまで描かれた巨大なものだ。 絵の両脇はもともと色とりどりのステンドグラスが両側に配置されており、光が降り注ぐと輝くそれらとのバランスのとれたデザインになっている。 空からこの世界を作ったという神が大地に降り注がせた様々なもの、その種子が芽吹き、育っていく絵だ。一番下に描かれているのは人々が歌い遊び、人生を謳歌している様だった。  ミレイの優しくも鮮やかな色彩が、人々に希望を与えるようなそんな絵だった。 半年かけて、コツコツと魔力を流して描いていった絵は、とても評判がよくこの街の新たな名所になりそうだ。 二人の息子のサナは式典に参加しているミサキ国の大臣の子と別室で留守番をしている。 ミサキ国に行く前はロキナに懐いていてよく二人で庭で遊んだものだが、今はその子に夢中らしくて少し寂しいロキナだ。 先程会いにいったとき碧い目の可愛らしい男の子と嬉しそうに絵を描いて遊んでいた。 5歳のサナはミサキ国でであったその男の子、ソルファがとても大好きで、国に帰って離れ離れになってからは思い出してはソルファの顔を描いていたという。 その絵の色彩はどんどん増え、量は少ないが 現在ではミレイに等しい色を産み出せる。 ロキナをあっという間に抜き去ってしまった。 ミレイのそばにいるロファはあまり居心地良さそうな顔をしていない。仕事をしているときの、他の職人たちと渡り合う堂々たる姿はなりを潜めている。 こういった固苦しい式典は苦手なようだ。 いつものボサボサ頭を撫でつけ、商家の若旦那のような服をきている。しかし全く似合っておらずロキナは内心笑ってしまった。 人のことは言えないが、芸術家のくせに、ロファもあまり着るものにこだわらない。 しかしロファのつくる金属の工芸作品は、 赤の群像シリーズ、青の大海シリーズともに根強いファンが多く、今もたくさんの信奉者に囲まれていた。 ロキナはユノに腰を抱かれてエスコートされながらも、ロファたち家族との距離を感じた。 ロキナがただ一つロファの作品と言えるものをもっているとしたら、それは手書きの絵葉書だと思う。 去年までミサキ国とロズクに離れ離れになっていたが、たくさんの手紙を送ってくれた。 ミレイが描く多彩な彩りのミサキの風景を写した絵葉書は勿論すばらしかった。 しかしロキナの宝物は、ロファが描いた赤と青だけで描いた朝の海の絵だった。 少し物悲しくて、とても静かな、 しかし力強い海。 ロファ自身が投影さられているような気がして見たときなぜか、涙が止まらなくなった。 そんな少し感傷的な気持ちになりながら、アルコールのはいっていない飲み物を口にする。  「少しよろしいですか」 ユノが祖父である前王にに呼ばれてそばを離れていたのを見計らったかのように。 落ち着いた男の声が横からした。 呼ばれたロキナは無防備に金髪の男の顔を見て、息を飲む。 男はロキナを最後に買った異国の男だったからだ。 まさか王宮に来られるほど身分の高い男とは思わなかった。 ロキナは顔に出さないよう努めて冷静に振る舞う。しかし内心は背中に嫌な汗が伝い、二の腕には鳥肌がたっていた。 あの頃よりも、身長も伸び、青年らしい骨格の健やかな成長があった後であるし、あの暗がりの中にいた子供が、ロキナと同一人物だとはとても思わないだろう。 しかし、ロキナは震えだしそうな脚を気力で奮い立たせて立っていた。 「失礼、私は美術品を扱う仕事をしていて、王宮美術館にも出入りさせていただいているものです。 あなたは私の探していた人に雰囲気が似ていて、あまりにも懐かしくて。 あなたのように美しい人が二人いるなど信じられないでしょうが、本当に似ているのです。私は美しいものに目がなくて、どうしても声をかけずにはいられなかった。 ぜひ私のコレクションをお見せしながら二人で語り合いたいのですが」 試されているのか本心から言っているのかわからない。 微笑みを浮かべた相手の真意を図るため、ロキナも曖昧に微笑んで辞するタイミングを伺っていた。 その時、人の波を器用に掻き分けてあっという間にユノが二人の間に分け入ってきた。  「失礼、私の連れに何か御用でしょうか」 その大人びた口ぶりがおもしろくて安堵から笑いそうになってしまったが、それよりも先に少しだけ瞳が涙で潤んだ。 「きみ、その……」 しまった、瞳の変化が変化しかけたのかと思った瞬間、ユノがロキナを隠すように抱き寄せた。 そして男に向かい低い声色で、押し当てるように吐き捨てる。 「これは俺の婚約者だ。みだりに話しかけることはやめてもらおうか」 相手を殺さんばかりの紫の瞳に射すくめられ、男は頭を下げてその場を立ち去った。 「ほんの少し目をはなしただけで、 すぐにこんなことになる。 本当にお前は、放っておけないな」 いたずらっぽく笑い、軽い調子で僅かに開いた淡い色の珊瑚のような可愛らしい唇を奪う。 しかしロキナは思いがけぬ再会に、せっかくの宴での高揚した気持ちに、冷水をかけられたような心地になり、口づけにすら気持ちが向かないでいた。 落ち込むロキナを疲れたのだろうとみなしたユノは、口元まで持ち上げたロキナの指先に愛おしいげにキスすると告げた。 「俺はまだ挨拶せねばいけないところが残っているから、先に部屋帰って休んでおいで。後でロキナの大好きな薔薇水入りの菓子をたくさん持っていってあげるよ。 ……だからオレが行くまで大人しく待っていて。」 そう聞いたこともないような甘く低い大人のような声で囁く。 そして自分の映るロキナの瞳を覗き込みながら、柔らかな目元にまた口づけた。 ユノは先程ロキナから受けた初めてのキスにより、心が通じ合って真の恋人と自分を認めてくれたのではないかと思っていた。 今夜は片時も側を離れずにいたい気持ちでいっぱいだったのだ。 若く美しい二人の、仲睦まじい恋人同士ような触れ合いに、周りの大人たちは感嘆のため息をついて見守った。 しかしその中にロキナを見つめる炯炯とした鳶色の瞳が混じっていたことに、 気持ちをよそにやっていたロキナは、 気が付かないでいた。
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